月別アーカイブ: October 2015

四百八話 THE CLIMAX SHIRTS !!!

四百六話からの続きです。 「うわぁ〜、表と裏がちゃんと縫えてるシャツが仕立てあがってきたぁ!」 服地の表と裏を間違えずに縫うという至極あたりまえの事柄にこれほどの喜びを感じるなんて。 服屋稼業を三五年続けてきた挙句の話ですよ。 まったくもって情けない。 ほんとうにいい加減にしてもらいたい。 「まぁ、そう嘆くなよ、こうしてちゃんと仕立てあがったんだから」 「長くやってりゃ、どんな仕事だってこんなことのひとつやふたつあるもんなんだから」 顧客の方にそう慰められても。 ありません! いや、ありえません! それに、ひとつやふたつ、一度や二度じゃありません。 もう、僕のことは放っておいてください。 どうせ、もうすぐいなくなりますから。 そんなこんなで解説するのも億劫なのだが。 まぁ、出来としては上々なので気を取り直してご案内させて戴こうと思います。 正礼装の際に着用されるイカ胸シャツというアイテムがある。 シャツの胸部分には、糊付けされたダイヤモンド・ピケ地の綿布が用いられる。 英国王室御用達として、シャツを王室に納入してきた THOMAS MASON 社。 ここんちのダイヤモンド・ピケ地は、英国貴族的な趣があって格別だと思っていた。 残念な事に、THOMAS MASON 社は伊 ALBINI 社の傘下となり今では伊生産となったが。 それでも、がっしりとした肉感のある偉丈夫な風格は残されている。 そんな貴族的な生地で仕立てたシャツを洗い晒しで着てみてはどうか? THE CLIMAX SHIRTS で試みてみた。 それが、この Musée du Dragon 的 Snobbish … 続きを読む

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四百七話 垢抜けないパン屋

海辺の家から五分ほど坂を下ると駅に着く。 JR西日本と山陽電鉄の駅舎が隣合わせでくっつくように在って。 二本の線路と並んで通された国道を南に渡るともう海である。 そんな奴もいないと思うが、国道と駅は水着でうろつけるくらいに近い。 それでも、たいして広くもなかった浜辺を埋立て広げて土地を稼ぐ。 そこへ、なんの用も為さないアウトレット・パークなど新奇な商業施設等が建つようになった。 駅には西側と東側とに改札口が設けられており、それぞれの改札北側にも大型商業施設が在る。 昔ながらの地元商店はもうないのか? それが意外にも、大型商業施設の間を繋ぐように東西南北の通りに沿って残っている。 さらに意外なことに、それなりの繁盛を遂げていて。 うら淋しいといった感はない。 この “ 陸ノマル井パン ” もそんな店屋の一軒である。 嫁の物心が付く頃にはすでにあったらしいので、半世紀近くにはなるのかもしれない。 一六時間乳酸発酵させてつくられる天然仕込みの食パンは、地元でも旨いと評されている。 海辺の家での朝食にも時々登場することがあって、癖がなく普通に美味しい。 そんな癖がなくて普通に美味しいマル井パンなのだが。 いつの頃からか季節毎に限定商品を発売するようになった。 この季節限定商品は、相当に面妖で奇抜な曲者である。 夏には漬物ドックなるものが店先に並ぶ。 “ 今年も熱いご要望にお答えして ” “ お答え ” じゃなくて “ お応え ” なんだろうがそれはまだ良い。 問題はその正体だ。 見て呉れは 緑色のホットドックで、挟まっているはずのソーセージが漬物になっている。 僕は食べていないが、食った嫁の話によると。 “ 次はないなぁ … 続きを読む

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四百六話 開いた口が塞がらない! 

俺は言ったよなぁ。 「ここから先の仕事は Musée du Dragon として最期のアイテム製作になるから間違いのないように」 こうも言ったよなぁ。 「長い付合いなんだから、最期くらいはちゃんとやってよね」 それから、こんなことも言ったはずだよなぁ。 「とにかく何事も親身になってやってよね」 で、それにどう答えたんだったかなぁ? 「大丈夫です、親身になってちゃんとやりますから」 確かそう返してたよねぇ。 まぁ、そこら辺りの事を踏まえてちょっと訊きたいんだけど。 なんで、大事な The Climax Shirts が表裏逆に縫われてんだよ! なんか俺に恨みでもあんのかぁ! あるんなら聞くけど、その前にとっとと縫い直せ!    

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四百五話 This is “ THE CLIMAX BAG ”

噺ばっかりで、ほんとうに出来るのか? 僕は、相当にいい加減な人間で嘘もよくつくけど。 製作依頼を聞き届けて下さった後藤恵一郎さんは百戦練磨の腕と才を持った方だ。 紆余曲折に見舞われても、こうして文句のつけようもない狙い通りの鞄に行着く。 そして、これが、 THE CLMAX BAG です。 軽くて、しなやかに強い鹿革で創られた鞄です。 この鞄について、くどい講釈を披露するつもりはない。 難点だけをお伝えいたします。 この鞄は、伽琲の搾り滓を用い手作業で染められている。 そのため伽琲の香が当初残るが、時間の経過とともに匂わなくなっていく。 この染色手法は、一九世紀末英国軍兵士によって産み出され Chino Pants に施された。 また、染色過程に於いて鹿革の油分が逃げカサついた風合いに仕上がっている。 この乾いた質感も、使っていただくにつれ鹿革本来のウェットで柔らかな風合いに戻っていく。 鹿革で創られた THE CLMAX BAG は、一般的に馴染みのあるモノではない。 凡庸な面構えとは裏腹に独特な歳の重ね方を魅せてくれると思う。 僕は、モノが朽ちてゆく姿が最も美しいと思いながら仕事をしてきた。 だから、朽ちる前に用を為さなくなるようなモノは全て単なる消耗品と認識している。 そんな消耗品を商うようになるくらいだったら、この稼業をやめる。 綺麗事のように聞こえるだろうけれど、本音でもある。 そういう想いも込めて、本作を Musée du Dragon として最期の鞄とさせていただきます。  

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四百四話 御庭番

一七世紀頃、御庭番衆と呼ばれる者達がいたらしい。 江戸城本丸の庭を番するという名目で、市中の情報収集や雑事を引受けていた。 間者とか忍者とかと後世に伝えられているが、そこまでの裏組織ではなく。 意外と陽の当たる職で、職位も高かったようである。 その江戸城から比べると蟻の巣にも満たないこの海辺の家なのだが。 御庭番らしき者が出入りしている。 八◯歳を超える老庭師で、若い衆を連れて季節毎にやって来る。 家人が留守だと勝手に入って仕事を済ませ戸締りをして帰ることもある。 庭師だからといって庭仕事だけを担っているわけではない。 屋根の修理、扉の不具合、配管の詰まりから空調器の故障まで。 義母は、内も外も家に関わるすべてを頼って暮らしていた。 夜中の頼み事にも朝を待たずに駆けつけてくれたと聞く。 そうした関わりは、歳月にして六◯年を超える。 だから、義母が逝ったと伝えた時の落胆ぶりにはかける言葉さえなかった。 先日、海辺の家に帰ると勝手口の前で老庭師が胡座をかいている。 弟子の剪定具合を眺めているみたいなので声をかけた。 「久しぶり」 小さく頷いただけで返事はない。 相変わらず愛想の欠片も持合せていない爺さんである。 「相談したいことがあったからちょうど良かった」 「なに?」 「この家を解体して昔のままに再建築したいんだけど」 「えっ?」 「だから、当時の部材を当時のやり方で組み直したいわけよ」 「漆喰壁から柱まで徹底的に修繕して、庭もそのままに残す」 「床材やら天板など追加する建材は今から集めるけど、要は大工職人を集められるかどうか?」 「ほんまに?ほんなら、この家を残すのんか? 」 「かえでちゃんも、戻ってくるんか?」 庭師は、嫁のことを今でもかえでちゃんと呼ぶ。 「まぁ、そうなるだろうけど 」 「そんなもん出来るに決まってるやん!一緒にやったらえぇ!ずっとそなしてやってきたんや!」 それから一時間、勝手口の前で老庭師の講釈を聞く羽目になる。 あそこの工務店は代が変わったけど、昔ながらの工法で腕は落ちていないとか。 左官仕事は積むならあいつで、塗るなら別の奴が良いとか。 自分になら出来るけど、石積みは今では難しくもうこの辺りにはふたりしか職人はいないとか。 気難しく無口だという評判 からほど遠い始末だ。 ただ恐ろしく事情に通じていて。 … 続きを読む

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四百三話 女性服

Musée du Dragon は、紳士服屋で女性物は扱っていない。 そう思っておられる方も多いと思う。 しかし、実際にはまったく扱っていないわけではなくて。 女性顧客の方も少なからずいらっしゃる。 こんな色気の欠片もない服屋にどうしてと不思議な気もするが、それはそれで有難いはなしである。 自慢じゃないけれども、僕は婦人服についてなんの見識も持合せていない。 なので、女性向けだからといって目線を変えるということはないし変える能力もない。 仕立てのあり方や素材へのこだわりも基本的に同じである。 世の中には、それが良いという酔狂な方もおられて長年通っていただいている。 そういった方々に、今期ご用意させていただいた一着がこれ。 TAAKK 森川拓野君のコレクションから選んだ。 Super 一二◯のビーバー生地で仕立てられた Bomber Jacket。 内側には一メートルあたり一二◯グラムの新素材綿を仕込み重ねて縫製している。 丈は短くモッコリとしたフォルムである。 だが、ここで終わっていれば Musée du Dragon では扱わない。 天才的変人デザイナーである森川拓野君らしくもない。 胸から肩周りをご覧いただきたい。 伊製ローピング・ウール糸を放射状に刺繍してある。 森川君曰く。 求心編みの印象を狙ったのだそうだ。 求心編みなんて、三◯年以上前に流行した編組織をなんでまた今頃持出すのか? それをまた刺繍で表現しようなんて。 やっぱりかなり歪んだ思考の持主である。 まぁ、手法はともかくこの Bomber Jacket 女性の方が羽織られるとなかなか良いと思うのだが。 数人の男性からこれのメンズ版は Musée du Dragon にはないのか? … 続きを読む

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