二百四十九話 竹ヶ原敏之介の “ 儚い軍靴 ”

長い付合いだが、この男も変っている。
女優で、しっかり者の奥さんと一緒になって、子供も授かって、会社も立派になって。
だけど、やっぱり変っている。
変人は、どこまでいっても変人のままなんだろう。
新作の Army Boots だって言うから、見てみると。
どことなく、奇妙な郷愁が漂っている。
紳士服飾という商売柄、軍用装備品についての一応の知識は身に付いているはずなのだが。
この編上軍靴が、何処の軍隊に属するものか思い出せない。
米国の軍靴でもないし、欧州各国の軍靴とも違う。
まぁ、軍靴なんて、同時代だと国別には、そう大しては違わないものだろうけど。
でも、ちょっと気になったので訊いてみた。
⎡これって、何処の軍靴なの?⎦
⎡ The Imperial Japanese Army  ですけど⎦
⎡えっ、それって、平たく言えば日本帝国陸軍じゃん⎦
⎡これって、なんかのマニア向けの靴なの?⎦
⎡今時、日本帝国陸軍の軍靴なんですけどって言われたら、普通引くよねぇ⎦
だけど、僕は、こんな竹ヶ原敏之介的な発想が好きだ。
敗者には、特有の儚さがある。
当時を生きた靴職人の心中を計れば。
戦地に赴く兵士達に、もっと立派な軍靴を履かせてやりたいという想いがあっただろう。
だから、物資乏しい時代にあって、叶わないまでも精一杯の仕事をしたのだと思う。
日本帝国陸軍官給装備品のひとつであった “ 昭五式編上靴 ” には、そういう無念が見てとれる。
そんな軍靴を、平成の世に、同じ日本の職人の手で、最高の部材と熟練した腕で蘇らせてやろう。
竹ヶ原敏之介の考えそうな事だと思う。
別に、本人に確かめた訳じゃないから違うかもしれないけど。
昭五式軍靴には、表革とバックスキンの両方が存在する。
表革を将校用と思われがちだが、実際のところはそうではなかったらしい。
原皮の調達がままならず、甲部には二種類の皮革がやむなく採用されたというのが実情なんだろう。
物資不足による規格低下が招いた結果だ。
竹ヶ原の軍靴には、国産の馬革が用いられ、軽くしなやかに足を包込む。
靴底にも、鋲があるものと無いものとがある。
兵士の背嚢には、地下足袋が収められていて、行動する地形や天候によって履き分けていたようだ。
しかし、雨天で滑りやすい環境となると、水をすぐ含んでしまう地下足袋では支障をきたす。
また、靴底の劣化を抑えるためにも、鋲があった方が良かったのかもしれない。
現在に於いては、 靴底はこんな具合に。

かつての敵、米軍にも採用されている American Biltrite 社の底材を装着。
Biltrite というハーフ・ラバーソールと、合成ゴムの商標で知られる Neoprene を踵に使用している。
高い耐久性と、ヴィンテージ感を考慮するとこうなるらしい。
そして、Goodyear Welt 製法で縫上げ、だし縫いの前半分には、ダブル・ステッチが施されてある。
この上なく堅牢でありながら、優美な佇まい。
そして、どこか儚い軍靴。
これこそが、 竹ヶ原敏之介の美学であって、Authentic Shoe & Co. の魅力なのだと思う。

それにしても、日本帝国陸軍って、アメ横の中田商店じゃないんだから。

 

 

 

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