月別アーカイブ: October 2014

三百二十話 さびかったべー まんずぬぐだまれ

あなた変わりはないですか 日ごと寒さがつのります 着てはもらえぬセーターを 寒さこらえて編んでます 一九七五年、日本歌謡界の巨匠 阿久悠先生作詞、おんなの未練を綴った名曲 “ 北の宿から ” です。 Million Seller Single を記録し、翌一九七六年暮れには、日本レコード大賞の大賞受賞曲となる。 しかし、このセーターには、 “ 北の宿から ” とは異なる親から子への情愛が込められている。 北の地から、東京で暮らす息子の世界的な活躍を願う母の想い。 息子は、Taakk デザイナー 森川拓野君。 今、投資すべき世界の新鋭デザイナーとして、海外サイトで紹介されるほど注目されている。 Issey Miyake Men から独立後三年目にして、世界のトップ・ランナーに名を連ねるまでになった。 そして、二〇一四年冬コレクションでひときわ目を引いたのが、これ。 Hand Knitted Chunky Sweater 編手は、秋田在住の森川君のお母さんだ。 僕は、コレクション・ラインを見た時、このセーターに飛びついた。 Chunky と呼ばれるずんぐりとしたフォルム、極太の縄編みによる凹凸が映す陰翳、暖かな色合い。 モードな洗練と手の温もりが不思議な調和を保って、一枚のセーターに在る。 「これ良いよ、なんかよく解んないけど、このセーターには妙に引かれるわ」 たまたま隣にいた doublet … 続きを読む

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三百十九話 甘〜い、甘〜い、柿いらんかぇ〜

朝飯時、嫁が、まるくて赤黒くて熟々したものを、スプーンで掬い上げながら喰っている。 「なに?その気持ち悪いのは?」 「柿だよ、甘いよ」 「柿なんて、どうしたの?」 「 庭に一杯あるよ」 海辺の家の庭は、上段中段下段と三層に分かれていて、その下段に生えている柿の木が餌場らしい。 行ってみると、柿の老木には、数えるのも面倒なくらい鈴なりに実っている。 結構な太さの枝が、実の重さに耐えかねて枝垂れていて、中には地べたに頭をつけている枝もある。 普段、下段の庭まで手が回らないので、世話もせず放ってあって。 剪定もしない、間引きもしない、肥もやらないし、水もたいしてやらない。 それでも、雨水を頼りに、山桃や桜といった大木の落葉を肥にして、立派に実らせているのだろう。 その実が、そこらの果物屋で売っている柿より甘いというのだから、大したものだ。 折角なので、取り敢えず色づいている分だけでもちゃんと収穫することにした。 直径五〇センチくらいの木桶に四杯はある。 お隣に助けて貰っても、まだまだある。 そこで嫁が、友人達に LINE で配信した。 “ 甘〜い、甘〜い、柿いらんかぇ〜 ” 早速、芦屋と横浜から食べると返事がきた。 ふたりとも大学時代からの女友達なんだが。 芦屋の方は、互いの住まいから電車で一〇数分程度で着く中間の三宮で逢うことにする。 横浜の方は、そうはいかない。 どうする?と、嫁が訊くと。 「そんなん、明後日、蔭山が東京来る時に背負わせたらええやん」 すでに呼捨てだし、なんで俺が明後日東京出張と知っているのかも解せないし、 なによりパシリ扱いにもなんの躊躇もしない。 色々と言いたいことも、訊きたいこともあるのだけれど、怖くて口にはできない。 学生時代の女友達とは、そうしたものかもしれない。 結局、背負うことなく宅急便で送ることにしたみたいだけど。 話が逸れたので、柿に戻すと。 柿は、洋の東西を問わず色んな料理や菓子に使われるらしい。 和物では、のし柿や柿羊羹、洋物では、柿パウンドケーキや柿プリン等が旨いのだという。 そうなのか?と、嫁に訊くと。 「そんな面倒なもんじゃなくても、熟した柿を冷やしてラム酒をぶっかけたのが一番美味しいよ」 「でも、どのみち食べないよね?」 そうなんです、僕、柿そのものが嫌いだから。

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三百十八話 洒落た天麩羅屋

「なんか蔭山さんの行く飯屋って昭和臭いとこばっかですよねぇ」 「いや、昭和臭いってだけで、爺臭いと言ってるわけじゃないですよ」 「どう違うって言うんだよ! 」 「どっちかって言うとちょっと渋めかなぁ、みたいな」 こういう失礼な事を面と向かってほざく奴もいる。 他人になんか言われて、飯屋の嗜好を改めるつもりは毛頭ないが。 小洒落た飯屋の一軒くらい知っておいても損はないと思い、出掛けることにした。 なのだが、今時の飯屋とはどんな感じなのか? そもそも、お洒落な食いものとはなんなのか? 「うわぁ〜、おじさん、こんな感じのお店知ってんだぁ〜」的な飯屋は何処にあるのか? さっぱり解りません。 そこで、神戸OL のグルメ blog を検索してみる。 あるわ!あるわ!次々いろんな店屋がでてきて、しかもそこには知ってる飯屋が一軒もない。 選びきれないので、 好物の天麩羅と蕎麦に限定して探ってみた。 さすがに、天麩羅と蕎麦にお洒落も糞もないだろうと思っていると、一軒の飯屋が引っかかる。 “ Isogami Fry Bar ” う〜ん、屋号からして洒落てるじゃないの。 もう、横文字なんかチラつかせているところからして、出来る感じを漂わせている。 此処だ! 此処にしよう! 神戸市役所の東側、磯上通りに面した白くてこぢんまりとした飯屋で。 外観からは天麩羅や蕎麦を供する店屋とは思えない構えだ。 誰がどう見たって、BAR か Café だろう。 案の定、OL さんのグループが居て、卓は満席で、カウンター席しか空いていないらしい。 亭主は、若いんだか歳喰ってんだか、一見では解んないけど茶髪だ。 「あのぉ〜、ウチは創作天麩羅をお出ししてるんですけどぉ、大丈夫ですか?」 「わかんねぇよ、そんなの、創作天麩羅なんて喰ったことねぇもん」 … 続きを読む

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三百十七話  Jesus Crisis!

Wifi の薄い Strasbourg からお便りいたしております。 シャツ、遅くなり申訳ありません。 来週になります。  平然と、悪びれることもなく、あたりまえのように。 夜明け前、こういう fuckin message を送りつけてきた奴がいる。 犯人は、コツメカワウソではありません。 ANSNAM 中野靖です。 一〇月に入って、世間の誰しもが秋の気配を感じているこの時期に。 コートやジャケットやセーターならまだしも、シャツすら入荷がないというお寒い状況の中。 当の本人は、独仏国境の街 Strasbourg をブラついている。 運河沿いの食堂にでも入って、白葡萄酒を片手に、 Alsace 地方の名物料理 Choucroute なんぞを突ついてやがるに違いない。 そして、こんな事もつぶやいているかもしれない。 「こんな景色を眺めながら、酒飲んで、飯喰ってたら、浮世の雑事なんか忘れちゃうよねぇ〜」 悪かったなぁ!こっちは、その浮世の雑事で飯喰ってんだよ! あぁ、想像しただけでも腹立たしい!  大体に於いて、このシャツにしたってそうだ。 一〇種類ほどの異なるシャツ生地を、ダイヤ状にパッチワークしながら仕立ていくという。 パッチワーク生地を創るのではなく、シャツのカタチに繫いでいくのだ。 半年前に、俺は訊いたよなぁ? 「こんな仕様のシャツを、一体何処の誰が縫うんだよ?」 「大丈夫ですよ、根気さえあれば、工賃何倍か増しで払えばやってくれますよ」 「俺だったら、ぜってぇやらねぇけどな」  そして、数ヶ月後。 「あのシャツ、縫い場が、幾ら貰ってもやんないって言うんですよ」 「だから訊いたじゃねぇかよ!で、どうすんだよ?」 「大丈夫ですよ、知合いの仕立職人と僕のふたりで、アトリエ製作しますから」 どっか別の変態デザイナーからも同じ台詞を聞いたような。 … 続きを読む

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三百十六話 Normcore という考え方

“ 流行を追わない服が流行る ” 二〇一四年以降の流行予測について、こう雑誌に記載されていた。 まことに、この業界らしい頭の悪そうな表現ではあるが。 言いたいことは何となく解るし、一応業界の人間として頷けるし、まぁ、外れてもいないだろう。 記事を書いた編集者の言分の背景にあるものは何か? 少し前から、New York の業界関係者の間で “ Normcore ” という言葉が交わされるようになった。 昨年くらいから日本でも聞かれるようになったが、当時は聞き馴れない業界用語だったように思う。 “ norm ” は標準、“ core ” は中核、このふたつを合わせた造語が “ normcore ” である。 “ 究極の普通 ” みたいなに和訳すると感じが掴みやすいかもしれない。 当時は、brand icon を冠した服や、luxury な装いが市場を席巻していた。 ついこの間のことである。 そんな中、次の潮流を考えた時、この言葉に行着いたんだろう。 意味するところは、主張に固執するデザインの否定であり、華美な装飾や演出への抑制である。 素材のもつデリケートな風合や、縫製の緻密さや、内部構造など。 視点を、服そのものへの細やかな配慮へと移さなければならない。 Musée … 続きを読む

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三百十五話 Sabot を履いて Sabotage

日本語の “ サボる ” の語源が、仏語の “ Sabotage ”  であることは知っていたけど。 労働者が、使用者に対して行う労働争議を意味するその言葉の起源までは知らなかった。 産業革命の初期というから十八世紀半ばの話だろう。 不平不満が募った 労働者が、機械化されたばかりの製造機に履いていた靴を投込んだらしい。 製造機を壊して、生産力を削ぎ、使用者に打撃を与えようとしたのか? 単に、労働を拒んでのことだったのか? それは解らないが、今で言うストライキみたいなもんだったようだ。 当時の農民や労働者は、Sabot と呼ばれる木靴を履いていた。 その投込まれた Sabot に因んで、この種の労働争議を Sabotage と呼ぶようになったという。 たいして役に立ちそうにもない知識だが、そういうことなんだそうである。 この Sabot は、当初木製の靴だったが、いろんな素材を用いて創られるようになる。 今では、木製であることの方が珍しく、革製だったり、布製だったりの方が一般的だろう。 この Sabot も、フェルト素材で創られている。 foot the coacher が、フィンランドの老舗 Lahtiset 社と組んで製作した極寒用外履き靴だ。 現地では、フオパトッスの名で知られていて、国民的靴なのだと聞く。 温泉の蒸気で縮絨させた羊毛を、まだ濡れている状態で木型に沿わせて成型する。 そして、八日間乾燥させて仕上げる。 … 続きを読む

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