六百八十八話 WASTE NOT , WANT NOT

久しぶりに服の噺をしてみたい。
同年代のおっさんから訊かれることがある。
歳をとったらおとこはどんな服を着れば良いのか?
まともに答えるのも面倒臭いので適当に返すことにしている。
もう、誰も気にも留めないし、見てもないんだから好きにすれば良いんじゃないの。
だけども、我が身の事となるとそうも言ってられない。
なかなかに難しい。
これは、私見なので真に受けずに聞いていただけるとありがたいのだが。
流行を意識して着飾るのはやめたほうが無難だろう。
高級 Maison の服で身を固めても、肥えた鴨が葱背負って歩いてるようにしか見えない。
では、Fast Fashion Brand ではどうか?
無難は無難だが、道ゆくただのおっさんでそれ以上でもそれ以下でもない。
前者は Waste (無駄) で、後者は Want (不足) だ。
また、この両者を組み合わせて着ることを自慢げに提唱する無能な Stylist もよくいる。
婦人服についてはわからないが、紳士服の領域ではそんなことはあり得ない。
高齢になればなるほど質感の統一は大事だと思う。
要は、Waste (無駄) は Want (不足) を補わないということだ。
では、何をどうすればいいのか?
ここで一番大切なのは服に対する愛着があるか?どうか?だ。
もし無ければ、これはもうこの時点で諦めてもらう他ない。
箪笥のなかを覗いてみてると愛着の有無がわかる。
愛着があるひとに限ってだが。
着倒してもう諦めて捨てるしかないほど着た挙句、それでも捨てられない服が数着あるはず。
Trench Coat だったり、M-51だったたり、Tweed Jacket だったりという感じで。
ひょっとしたら手編みの Cowichan Sweater という方もおられるかもしれない。
おそらく、それらは誰もが一度は目にしたことがある普通の ITEM だと思う。
しかし、それぞれのひとにとっての Archive であり原点ともいえる服。
今更、それらを引っ張り出して着ろとは言わないが、労を尽くせば市場で探し出せるだろう。
大枚を叩いてでも自身の原点であるとびきりの一着を再び手に入れてもらいたい。
その一着がお釈迦になる頃には、自分も棺桶で横になってると思えば安いもんでしょ。
後は、今の自分とその一着に合う他の ITEM を吟味するだけ。
気を衒わず、普通に、着心地と質を大切にして。
おとこは、おんなと違って化けるという才に恵まれていない。
おとこの装いは、良くも悪くも自身そのものを映しだす。
髪の毛がなくとも、瓜みたいなかたちでも、背が縮んでも、それらすべての三重苦であっても。
堂々と隠さず自分らしくあることが一番だと想う。

なんとかなりますよ、きっと。

 

 

 

 

 

 

 

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