五百九十四話 あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
二〇二二年、寅年。
多くは望まないけれど、気兼ねなく逢いたいひとに逢えるくらいの望みは叶えて欲しい。

本年が、皆様にとって、より良い年となりますように。

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五百九十三話 孤高のおんな厨师 !

予約一年待ちとか言う飯屋をたまに耳にする。
たいていが噂ほどでもなかったりするが、此処は違う。
“ 溢彩流香 ”
高槻の古びた雑居ビルの二階で、広東人女性がたったひとりで営んでいる。
たったひとりで奮闘しているので、これ以上人気になったところでどうにもならない。
なので、なるだけ他人に言わないようにしてきた。
それが、この度、百貨店への出店を機に長期休暇をとるのだと聞いた。
出店の事情についてよくは知らないが、それは本人の手によるものではないらしい。
まぁ、百貨店によくある話で、珍しくもないし、どうでもいい。
とにかく、彼女の料理を当分の間口にできないというのが問題だ。
友人から、そういうことなので食べに行かないか?と誘ってもらい、久しぶりに訪ねることにした。
この友人は、“ 溢彩流香 ” の常連を友人にもっていて、当日、その友人が店を貸し切るらしい。
洒落た扉を開けると、元気そうな笑顔で迎えてくれる。
Lin さん。
「どうしたの?百貨店にでるんだって?」
「ちがう!ちがう!わたしが、この手で創る料理は、わたしの知ってるひとにだけ!ここだけ!」
「長く休むって?具合でも悪いの?」
「それもちがうよ!まず、美味しものを創るために身体を鍛えなおす!」
「それから、やりたかったことをやる!」
「自ら食材を育てて、もっと凝った料理を考えて創る!そして、もっともっと良い店にする!」
広東人らしい端的なもの言いだが、こうした短く交わした会話からでも伝わるものがある。
この Lin さんが、どれほど真っ当な料理人であり、どれほど真摯な店屋の店主であるかが。
自身を含めた店屋や店主の良し悪しをどうやって量るのか?に長年あたまを悩ませてきた。
店主が、店屋をやるにふさわしい豊富な知識と経験と技量を人並み以上に備えている事。
店主は、どんな時も店に居て細かく気を配る事。
店は、徹底して清潔である事。
気取らずどこか家的な雰囲気で、いつも変わらずにいる事。
今日の商いモノが、昨日の商いモノよりも良い出来である事。
これらは、立地・収益・効率よりも大切で、算盤勘定だけではどうにもならない。
口で唱えるのは簡単だが、日々毎日休みなくとなると心身が擦り減る。
もし、何かひとつにでも自信が持てなくなったその時は、客に気づかれる前に幕を引いた方が良い。
多分 Linさんも、そうして今日までずっと続けてきたんだと想う。
しかも、これ以上はないほど完璧に。
“ 溢彩流香 ” の料理は、一皿一皿がどれも素晴らしい。
この日で、それらと暫しの別れとなる。
前菜三種盛(葱塩ダレの鮪・海老・南瓜)
漬けた白菜の水晶餃子
豚で出汁をとった鯛の粕汁
水餃子二種(ほうれん草と豚の水餃子・海老の水餃子)
焼餃子
大根と春雨の春巻き
スペアリブと百合根の黒酢酢豚
自家製干豚の葱炒飯
苺大福
Linさんは広東出身、ご主人は西安出身で、“ 溢彩流香 ” の料理は、その双系出自だという。
昔、仕事で中国沿岸部を旅したことはあるが、広東料理や西安料理が如何なるものかは知らない。
ご夫婦の郷土では、こうした食べ物が日常の食卓に並ぶのだろうか?
おそらくだが、それは違っていて、似て非なるものなんじゃないかと想う。
心中にある母国の味を、異国で苦心の末に映した Linさんならではの味のような気がする。
だとすると、誰も真似できない。
繊細で、それでいて骨太で力強く迫ってくる“ 溢彩流香 ” の点心は、小柄な Linさんそのものだ。

ごちそうさまでした。
少しゆっくりして、その後、身体に気をつけて新たな料理と向き合ってください。

唔該 !  再见 !

 

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五百九十二話 石の銀行?

庭のジプシーこと橋口陽平君からの業務連絡。
「明日、ご自宅にお迎えにあがりますので、それから銀行に行きましょう!」
「えっ、作庭料?前払いなの? 額にもよるけど銀行に行かなくても手元にあるけど」
「いやいや違いますよ、“ 石の銀行 ” にご一緒していただきたいんです」
「石?銀行?どこへ?」
翌日昼過ぎ、海辺の家に二トン・トラックに乗ったジプシーがやって来た。
“ 石の銀行 ” は、六甲山に在るという。
そもそも “ 石の銀行 ” とは何か?
もともと、海辺の家から北東部に跨る六甲山系は、御影石の産地であった。
阪神間の “ 御影 ” とつく地名や駅名は、石の名称に由来する。
またこの辺りには、石塀などに高級石材である御影石をふんだんに使った邸宅群が多く残っていて。
それが、街に此処ならでは景観を映していた。
しかし、現在、六甲山麓部での石の採掘は厳しく制限されてしまう。
山からの供給は絶たれ、街では次々と建物が壊され、使われていた石材は廃棄物処理されていく。
地産の石がもたらした街並みも失われ、どこにでもある新興の風情と変わらなくなってしまう。
そう危惧した地元の石材屋が一計を案じた。
廃棄物の減量、景観の保護、需要者と供給者の相互利益を保証する組織の構築である。
需要者とは、この街で新たに創る構造物に石を利用したい者。
供給者とは、この街の既存構造物を壊して石を廃棄したい者。
前者には石の購入代金、後者には石の処理代金が、それぞれに発生する。
両者を繋ぎ、後者の石が前者に渡るようにすれば双方ともに利を得る。
そして、石は、姿を変えながらも街の構造物の一部として残り、景観はある程度維持されていく。
さらに、石は、捨てないのだから、その分廃棄物は減る。
需要者と供給者は、共に行員登録し組織の一員となり利用を許されるのだ。
なるほど、石屋が考えたにしては頭の柔らかい発想で、まさに “ 石の銀行 ” だ。
海辺の家から東へ、御影公会堂の手前を石屋川に沿って六甲山中へと登っていく。
その昔、川沿に石材店が軒を連ねていた所以から石屋川と呼ばれる。
また余談だが、野坂 昭如先生が著された “ 火垂るの墓 ” の舞台でもある。
六甲霊園を過ぎて、どんどん登る。
舗装路が途切れ山道に入る頃には、石屋川の幅も小川程度までに。
神戸市街地を一望する眺望は素晴らしいが、眺める余裕はない。
車幅と道幅はほぼ同じで、しくじったら一巻の終わりだ。
ようやく視界が開け、石の集積場らしき場所に着く。

これが、“ 石の銀行 ” かぁ!
傍に一軒の小屋が建っていて、そこには “ 石の番人 ” がいるという。
七〇歳を超えた “ 石の番人 ” が訊く。
「 あんた施主さん?石好きなん?」
「だいたい石を撫でるようになったら終わりが近いって聞くけど、 俺もその口かもなぁ?」
「あんたおもろいなぁ、それがホンマやったら、儂なんかとっくの昔に逝ってるわ」
「なるほどね」
「石担ぐ時は、まず石を臍に寄せて、身体で挟むようにするんや」
「大丈夫か?腰いわさんようにしいや」
爺が、もっと爺に労られ、一トンを超える重量の石をふたりで荷台に移す。
もっと爺の “ 石の番人 ” は、手伝わず見てるだけ。
疲労は困憊だが、ひとつとして同じものがない石を選んで、転がして、抱えて、積む。
この作業が意外と面白い。
俺、この爺さん逝ったら、跡目継いで “ 石の番人 ” になるかなぁ。

あぁ、それにしても腰痛いわぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 

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五百九十一話 IKEBANA !

嫁の作品。
ようやくこの歳になって、年の瀬に花でも生けてみようかという余裕ができたらしい。
嫁と違い華道の欠片も知りはしないが、野趣で、奔放で、なかなか良いと想う。
だけど、これって、Christmas 用?それともお正月用?ただ生けただけ?
よく分からない。

でも、まぁ、そっとしておこう。

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五百九十話 里山からの贈りもの

世話になった画家が、東京から故郷の丹波篠山に移り住んでからもう随分になる。
画家本人は、もう亡くなってしまったけれど、その女房は、その後もこの里山に暮らしている。
渋谷のど真ん中にアトリエを構え、時代の最前線で奮闘する業界人達が集う。
画業への名声と共に華やいだ日々が、あたりまえのように続いていた。
唐突に、そうした東京での日常と対極にある暮らしに転ずると云う。
無理だと思った。
或日、画家の女房が、うちの嫁に訊いた。
「ねぇ、日々のご飯って、どうやってつくるの?」
「はぁ?どうやってって、今までどうしてたの?」
「お菓子ならつくれるけど、ご飯なんかつくってこなかったから」
画家も忙しいが、画業を支える画家の女房も忙しい。
打合せ中の客に供する菓子はつくれても、終わった後は外で会食となる。
なので、基本、日々の飯はつくらない。
しかし、皆が案じた画家夫婦の里山暮らしも年を重ねる毎に板についてくる。
そんな画家の女房と久しぶりに逢って、神戸元町で中華飯でも食おうとなった。
画家が逝ってから祥月の十二月は毎年笹山を訪ねていたのだが、去年は遠慮したので二年ぶりだ。
駅前のベンチで降ろしたリュックから取り出した包みを 渡される。
「山の地物、自然薯と黒豆味噌だよ」
「自然薯って、おろしたり、灰汁抜いたり、面倒臭くないの?」
「まぁ、そうでもないわよ、意外と旨いからやってみて」
ひとは、変われば変わるものだ。
Dior のロング・コートを羽織り、芋と味噌を入れたリュックを背負って、、山から下りてくる。
画家の女房ならではの里山暮らしを、それなりに上手くこなしておられるように想う。
海辺の家に戻った翌日、里山の贈りものを食卓に。

おろし金で自然薯を擦りこね鉢に移し、出汁でのばしていく。
予想通り結構面倒臭い。
とはいえ、やってるのは全部嫁だけど。
一品は、鮪の山かけ。
もう一品は、白葱を入れた黒豆味噌の味噌汁に自然薯を落とした椀物。
鮪の山かけを、白飯にのせて食ってみる。
漢方薬にも似た自然薯独特の臭みもそれほどなく、長芋よりも味は濃い。
鮪は鮪で旨いけれど、これはタレに漬けた焼肉にかけて丼にしても良かった。
と思っただけで、口には出さない。
黒豆味噌の味噌汁は、どうだろう?
これは、文句なく旨い!
素朴だが品の良い芳醇な黒豆味噌の香りに、自然薯の風味が引き立つ。
食べ慣れない者にはよくわからないが、これが山の滋味とかいうやつなのかもしれない。
馴染みのない味なのに、なぜか懐かしい。
後日、達筆でしたためられた礼状が、画家の女房より届く。
相変わらずの巧みな毛筆さばきだが、あまりに巧みすぎて、読むのにいつも苦労する。
このところ、ようやく手紙の文面に連れ添った画家が登場しなくなった。
だいぶと時を要した末に、辿り着いたのだと想う。

里山の冬は寒いので、お身体を大事に暮らしてください。ごちそうさまでした。
 

 

 

 

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五百八十九話 庭のジプシーが、やって来た!

海辺の家の庭。
外出自粛の間、一部改庭も含めた修理をずっと進めてきて、最後に手付かずだった場所が残った。
三段になっている庭で、一番低く、窪んでいて、日当たりも良くなく、一般的な作庭には向かない。
ここに日陰ならではの庭を作ろうと思い立つ。
色々工夫し、労力も使い、刻も費やした結果、半分ほどはなんとか満足のいく出来に仕上がった。
が、そこから先がなにをやってもうまくいかない。
行き当たりばったりでやっていては、いつまで経っても形にならないのではないか?
そこで、こうしたいという姿を絵にしてみた。

好き勝手に描いているうちに、素人がひとりでなんとかなる代物ではないと気づく。
先代からずっと庭の面倒をみてくれている庭師もいるにはいるのだが。
この庭に関しては、その熟練の腕も役どころが違うように思う。
洋の東西を問わない雑然とした雰囲気で、少し荒れた風体を醸した庭。
さすがにこれは無理かも。
そこで、たまたま別件で訪ねてきた建設会社の担当者に駄目もとで相談してみる。
“ 海辺の家 ” の改築で、 無理難題への免疫は充分に獲得していて、理解も素早い。
「あぁ、なるほどですね、䕃山さんとなら気の合う変な庭師をひとり知ってますよ」
「まぁ、気が合いすぎて、とんでもないことになるかもですけどね」
「マジでかぁ! 誰? 紹介して!」
「紹介はできますけど、今、日本にいるのかなぁ」
「はぁ? それって、外人の庭師なの?」
「いえ、日本人ですけど」
「 “ 庭のジプシー ” って呼ばれていて、いろんなところで庭を作って歩いてるひとなんですけどね」
「なんだぁ、それ? さすらいのカウボーイじゃなくて、庭師ってあんまり聞いたことないな」
「庭の話しかしない、まぁ、変わったひとですよ」
翌日、早速連絡してみる。
どうやら、米国で庭を作る予定だったのだが、このコロナ騒ぎで延期になった。
なので、当分の間国内で仕事をするつもりらしい。
とは言え、来週は北海道、翌週は東京でという具合で、その後にうかがうとの事だった。
“ 庭のジプシー ” とは、まさにその名の通りの働きぶりだ。
そして、十一月九日、庭のジプシーが、海辺の家にやって来た。
想像していたよりずっと若い。
門から入ってきて、四百年超えの山桃や桜の大きな老木を眺めて。
「うわぁ〜 、凄いなぁ〜、良いですねぇ、庭にこんなのがあるんだぁ!」
「この山桃の根元辺りに庭を作りたいんだけど、出来る?」
「はい」
「あっ、僕、ここでちょっとやることがあるんで、奥様とふたりは家に入っててもらえますか」
しゃがんで土を触ったり、周りの植物の葉の様子を調べたり、一向に戻って来ない。
朝方にやって来て、昼時になって。
「そろそろ昼飯時だけど、あんたも食べる?」
「はい」
店屋物が届いたので、呼びに行ってようやく家に入ってきた。
「あっ、恐縮です、いただきます」
食べながら、資料やスケッチを前にこちらの意向を伝えた。
「どう?やってもらえるかなぁ?」
「はい」
「で、そもそも、庭を作るっていう行為は……………………….。」
人呼んで、“ 庭のジプシー ” 橋口陽平先生の講義が始まった。
普段ならブチきれるところだが、不思議とすんなり耳に入ってくる。
それは、この若い庭師が提唱する作庭が、意外と論理的で筋道が通っている事。
また、作庭家という職業に情熱と愛情をもって向き合っている事。
世界中どんな環境に於いても、その事を貫こうとする矜持が感じられる。
でなければ、こんな面倒臭い話は聞いていられないだろう。
San Francisco では、Steve Jobs 氏のガレージに寝泊まりし、日本庭園を作ったこともあるという。
地上の植物に起こっている事象は、地下で起こっている事象を映している。
植物は、土壌の映し鏡で、その映し出された様子から全てを学ぶ。
作庭とは、見た目ではなく、土をどのように管理するかとういう行為の追求である。
こういった話が、ずっと続く。
あたりまえの事だけれど、いざ実際に行うとなると難しい。
冬場に土壌を整え、暗渠排水を施し、石を積み、春先に植栽を行う。
「まずは、六甲山に石積みに使う石を見に行きましょう」
「えっ、俺も行くの?」
「はい」

庭のジプシー、ここはひとつ任せてみるかぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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五百八十八話 庭の果実

海辺の家の庭に “ 柿 ”が生る。
隣の家の庭に “ あけび ” が生る。
持ち寄られた果実を盛ってみた。
秋だねぇ〜。

だけど、残念なことに “ 柿 ” も “ あけび ” も、どちらもそれほど好きじゃないという現実。

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五百八十七話 Chocolate Tailor

“ 海辺の家 ” のほど近くから北東に、神戸市街地を山塊が跨ぐ。
その山系の最高峰が六甲山である。
昭和の時代、この山は避暑地だった。
関西 Modernism の香り漂う洋館が点在する山上街でひと夏を過ごす。
西洋的でもあり、田舎臭くもあり、気取りのない神戸独特の別荘文化が育まれていた。
その面影もすでに消えつつあるが、幼少の頃から学生時代を通じて、何かと馴染みのある場所だ。
その玄関口が、麓にある阪急電鉄神戸線の六甲駅である。
駅近くの店屋に用があって、何十年ぶりかでやってきた。
駅舎前の垢抜けない雰囲気は、記憶にあるそれと変わりない。
とりあえず目当ての店屋を探す。

Chocolate を仕立てるという店屋が、六甲にあるらしい。
Chocolate Tailor というその謳い文句に惹かれ、何かの機会に一度と思っていた。
屋号は、“ QUEEN’S JET ”。
外観からして倫敦 Savile Row の仕立屋然とした構えで、迎えてくれる。
コロナ禍の二〇二〇年十一月二七日、この地に開業した。
緊急事態宣言中の休業を経て、この日久しぶりに店を開けたという。
正面の木製棚に、同じ形状の Chocolate Cake が、一四種類整然と並ぶ。
背面には、磨き上げられた工房が覗いている。
ここはひとつ、最近お世話になった方達への御礼の品も含めて、全てを此処で注文させてもらおう。
配送の依頼を済ませて、帰宅後早速食ってみる。

まずは、“ Opéra ” を皿にのせる。
巴里の名菓子店 “ Dalloyau ” が、Opéra 座の踊り子へ敬意を込めて考案した逸品だ。
巴里に出向くと必ず口にする CoffeeとChocolate を組み合わせ層になった世界的に有名な Cake 。
だが、“ QUEEN’S JET ” の “ Opéra ” は、その新解釈版で、ちょっと趣が違う。
薄くパリッとした Chocolate の殻に覆われていて、割ると内部は三層構造になっている。
一層目は、Grand Marnier 風味の苦い Coffee Sauce 。
二層目は、濃厚な Chocolate Cream 。
三層目は、Sweet Chocolate を使った Ganache 。
殻を割ると流れ出す Coffee Sauce 、これを Chocolate Creamに絡めながら食べる。
複雑な構造の割に相性良く一体化していて、食感こそ柔らかいが 、味は確かに “ Opéra ” だ。
はっきり言って、これは人を駄目にする食い物だろう。
Chocolate Tailor “ QUEEN’S JET ”
この時期、この店構え、この場所、この業態、すべてに於いて本気だ。

不自由なご時世に、忘れかけていた店屋の矜持を思い起こさせてもらった。

 

 

 

 

 

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五百八十六話 夏の終わりに、真っ白な “ T-SHIRT ” を

何を撮りたかったかと言うと、海辺の家の庭に居座る櫻でも、僕でもありません。
この真っ白な “ T-SHIRTS ” です。

櫻の葉もところどころ色づいて落ち始めたものの、残暑は衰えず暑い日が続いている。
そんななか、数枚の T-SHIRTS が届く。
誰?
送り主からのメールが届いていて、その名前で驚き、内容を一読してさらに驚いた。
Musee du Dragon の顧客様からだった。
大学生の頃に彼女と来店され、その後、卒業、就職、結婚、出産、育児へと。
その間ずっと、おふたりで通っていただいた。
そのうち奥様の腕に抱かれたもうおひとりも加わって。
結婚指輪を創らせてもらい、京都鴨川で挙げた結婚式の写真を持って報告に来られたこともあった。
店の幕を引く際には、華道家 “ 東信 ” の作品を、わざわざ東京で注文し手持ちで届けていただく。
その温情に見合う仕事が出来たか否かは疑わしいのだけれど、これは冥利だとずっと想っている。
メールの書き出しには、“ 憶えておられますか? ” の一言があった。
もし忘れていたのであれば、認知症を患ったと諦めてもらう他ないが、まだなんとか大丈夫です。
就職先は、大手の繊維会社で、同じ稼業に進まれたことは知っていた。
メールには、 この度、新しいブランドを立ち上げたとある。
また、そのブランドは、我々夫婦の “ 海辺の家 ” での暮らしが基になっているらしい。
えっ?
いやいや、介護用品じゃないんだから、ポンコツ爺婆の暮らしを映したら駄目だから!
側から短パンに T-SHIRTS 姿の嫁が。
「 嘘でしょ?コッワァァ!ヤッバァァ!」
「泥だらけで庭の煉瓦積みしてる爺の着る服って?それはそれでちょっと見てみたい気もするけど」
「 ウッセェよ!包丁持って魚捌いてる婆の着る服の方が見てみたいわぁ!」
互いに罵り合いながら、届いた箱を開けて、変哲のない無地の T-SHIRTS を取り出す。
サイズ04のホワイトを僕が、サイズ01のブラックを嫁が、それぞれに着てみる。
「うん?この触り良いかも」
多少くたびれているとはいえ、紡績出身の玄人として四〇年近くこの稼業に就いてきた。
この T-SHIRTS が、どれほどにちゃんとしているかは解る。
目線を気にせず言わせてもらえば。
服は、肌に近いほど生理的な欲求を満たす必要に迫られる。
良い原料を、丁寧に適正値で製品に仕上げるまで面倒臭がらず工程を重ねる他ない。
手間と時間を要し、その分製品価格にも影響する。
だから、僕は、“ 安価で良い服 ” という世迷言は信じない。
納期を急かされ、工賃を叩かれ、耐久消費材としての服創りが当たり前となった今。
真っ当な知識を持つデザイナーも、腕のある職人も、生産機械も、この国から消えようとしている。
そんな現状のなか、改めてこの変哲のない T-SHIRTS を眺めてみる。
訊くと、異種交配綿の “ Superior Pima ” を原綿段階で一定期間寝かせることから始めるらしい。
甘く撚って、開反せず染めて仕上げる手法で、この肌合いを実現しているのだそうだ。
創り手の良識と腕前は、一見で判じることは難しいが、モノの価値はそこで決まると思う。
いやぁ〜、掛け値なしに良い仕事だと感心いたしました。
新ブランドの名は、“ LIFiLL ”

ひとりでも多くのひとに共感してもらえるブランドに育つよう祈っております。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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五百八十五話 海辺の月見

二〇二一年九月二一日。
海辺の庭から見上げる満月。
で、ふたりぼっちの “ 観月の宴 ”。
侘しいので、弥勒菩薩さまにもお付き合いいただく。

とっておきの酒を、弥勒菩薩さま、嫁さん、僕で。
日本酒通の若い友人に勧められた秋田県新政酒造の “ 秋櫻 ”。

“ 鰯の梅煮 ” を肴に一献。

にしても、この酒うめぇなぁ。

 

 

 

 

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