三百十九話 甘〜い、甘〜い、柿いらんかぇ〜

朝飯時、嫁が、まるくて赤黒くて熟々したものを、スプーンで掬い上げながら喰っている。
「なに?その気持ち悪いのは?」
「柿だよ、甘いよ」
「柿なんて、どうしたの?」
「 庭に一杯あるよ」
海辺の家の庭は、上段中段下段と三層に分かれていて、その下段に生えている柿の木が餌場らしい。
行ってみると、柿の老木には、数えるのも面倒なくらい鈴なりに実っている。
結構な太さの枝が、実の重さに耐えかねて枝垂れていて、中には地べたに頭をつけている枝もある。
普段、下段の庭まで手が回らないので、世話もせず放ってあって。
剪定もしない、間引きもしない、肥もやらないし、水もたいしてやらない。
それでも、雨水を頼りに、山桃や桜といった大木の落葉を肥にして、立派に実らせているのだろう。
その実が、そこらの果物屋で売っている柿より甘いというのだから、大したものだ。
折角なので、取り敢えず色づいている分だけでもちゃんと収穫することにした。
直径五〇センチくらいの木桶に四杯はある。
お隣に助けて貰っても、まだまだある。
そこで嫁が、友人達に LINE で配信した。
“ 甘〜い、甘〜い、柿いらんかぇ〜 ”
早速、芦屋と横浜から食べると返事がきた。
ふたりとも大学時代からの女友達なんだが。
芦屋の方は、互いの住まいから電車で一〇数分程度で着く中間の三宮で逢うことにする。
横浜の方は、そうはいかない。
どうする?と、嫁が訊くと。
「そんなん、明後日、蔭山が東京来る時に背負わせたらええやん」
すでに呼捨てだし、なんで俺が明後日東京出張と知っているのかも解せないし、
なによりパシリ扱いにもなんの躊躇もしない。
色々と言いたいことも、訊きたいこともあるのだけれど、怖くて口にはできない。
学生時代の女友達とは、そうしたものかもしれない。
結局、背負うことなく宅急便で送ることにしたみたいだけど。
話が逸れたので、柿に戻すと。
柿は、洋の東西を問わず色んな料理や菓子に使われるらしい。
和物では、のし柿や柿羊羹、洋物では、柿パウンドケーキや柿プリン等が旨いのだという。
そうなのか?と、嫁に訊くと。
「そんな面倒なもんじゃなくても、熟した柿を冷やしてラム酒をぶっかけたのが一番美味しいよ」
「でも、どのみち食べないよね?」

そうなんです、僕、柿そのものが嫌いだから。

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