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四百九十一話 梅雨に履く靴 

よほどの雨でも降らない限り傘はささない。 梅雨時。 いくらなんでも、今日は傘を持っていけと言われて持って出て。 無事に持ち帰ることは、自慢じゃないが稀だ。 どこかに忘れるか、似ても似つかない別の傘を手にして帰るか。 どうして、いつもそうなのか?馬鹿なの?と訊かれても。 習性だとしか答えられない。 そうやって、長年この歳になるまで傘と縁のない生活を続けている。 じゃぁ、西欧人みたく濡れても気にならないのか?というと、それはそこそこ気になる。 だから、この時期 Gore Tex Parka は必須アイテムとして欠かせない。 雨が降れば、どんな場所にでも着ていく。 先日も、北新地のママさんに。 「ちょっとぉ!何してんの!あんた!裏にまわって!」 黒色の Parka をフードまですっぽり頭から被った姿で扉を開けた途端、そう叫ばれた。 どうやら、配達業者だと思ったらしい。 ちぇっ!この Parka 一着で、 てめぇんとこの客が羽織ってる背広三着は買えるんだけど。 せっかく気を使って、数ある Parka から選んで着てきてやったのに、この仕打ちかよ! でも、まぁ、ママさんの言分の方が正しい。 洗面所で鏡の前に立つと、配達業者でも上等なくらいで、もう盗人の域だ。 お絞りを手に、おろおろしてるママさんが。 「このジャケット格好良いやん、わたしもこんなん欲しいわぁ」 「嘘つけ!遅せぇわ!」 「それより、なんか運ぶもんあったら言いつけてよ、俺、業者だから!」 しかし、どんなに世間受けが悪くとも、この雨装束を改めるつもりは毛頭ない。 さらに進化させていこうと思う。 喩えば、この靴。 Authentic Shoe & … 続きを読む

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四百八十二話 T-Shirts に良いも悪いもあるのか?

それは、あります。 つうか、TーShirts にこそあります。 着心地は心地良いか? 体型に合うのか? 色はどうか? など、あれやこれやの我儘を言いだすとキリがない。 挙句に、洗濯し倒しても当初の良さを保てるか?まで求めるといよいよ見つからない。 さらに、それが半袖じゃなくて、長袖の無地だとなるとお手上げだ。 が、そこは餅は餅屋なので。 あちこち探して、納得のいく一枚をようやくのこと見つけた。 The Elder Statesman Statesman という無駄に上昇志向の名が癪に障ったけどこの際それは我慢する。 Creg Chait というカナダ生まれの米国人がデザイナーらしい。 そもそもカシミヤ専門のニット・メーカーなのだが、数点綿 T-Shirts も創っている。 原料は全て自身の目で確認して買付け、Los Angeles の工房では糸を撚ることから始めるのだそうだ。 見た目は、ちょっと色が褪せたただの無地 T-Shirts に過ぎない。 別段これといった高級感もない。 首裏のブランドを示すネームすら付けられていない。 あまりにもふざけているので、逆に気になって手にとってみる。 なんだぁ?この T-Shirts ? 綿製品とは思えない柔らかな風合い、適度な膨らみと滑りの良さが手触りから伝わってくる。 Sun Bleached と記されてあるが、天日干しだけでこうはならないだろう。 試しに着てみた。 肩幅は広く、身幅は緩く、袖は細くて長く手首あたりで溜まるように設定されてあって。 … 続きを読む

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四百八十一話 中野靖は、どこへ行く?

みなさん、ANSNAM の中野靖とかいうおとこの名を覚えておられるでしょうか? 別にお忘れになられていても、一向に構わないのですが。 僕にとっては、最も忘れたくて、最も忘れられない因縁のおとこでもある。 そんなおとこから、久しぶりに電話があって。 「蔭山さん、明日大阪で会えますかぁ?」 「別に良いけど、何時に?何処で?」 「朝九時頃に、梅田なんですけど」 「はぁ?朝っぱらから、おめぇと顔突き合わせたかねぇよ!」 「会うなら昼飯時だなぁ」 で、昼飯を喰いながら。 「ところで、僕、今何やってるかご存知ですか?」 「知らねぇよ、そんなもん」 「訊きたいですか?」 「別に、知りたくもないけど」 「実は、店を始めたんですよ」 「ふ〜ん、一膳飯屋にでも鞍替えしたの?」 「服屋ですよ!なんでデザイナーの俺が飯屋なんですか!それは嫁ですよ」 「えぇ!マジかぁ?夫婦それぞれに店屋始めたの?」 大丈夫なのかぁ?と問い質しそうになったけど。 やめた。 ここで関わっては元の木阿弥だ。 冷静に返さなければならない。 「まぁ、大丈夫じゃないの、その溢れる才能でなんとかなるよ、多分だけどね」 「服創りの才能に限ってだけど、余人を以って替え難い才だと思ってるよ」 「いや、それが仕入でやってるんですけどね」 「えっ?あんたの服じゃないの?」 何がどうなっていて、どんな店屋なのか?と問い質しそうになったけど。 やめた。 理解不能、予測不能、制御不能のおとこが営む店屋。 それはそれで面白いのかもしれない。 店名は? ANSNAM ceder 場所は? 東京白金台。 そして、僕は? 絶対に行かない! 今後の人生で、このおとこと交わることだけは、避けなければならないから。 嫁曰く。 … 続きを読む

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四百八十話 春に着る服 

服屋を営んでいると。 好みの服を、好きな様に、好きな時に着るというわけにはなかなかいかない。 でも今は、商いの縛りも、しがらみも解けて自由だ。 そんな身の上で、この春に着る服をちょっと考えてみた。 欲しいアイテムは、ふたつ。 ひとつは、軽く羽織れる一重仕立ての Coat 。 もうひとつは、究極に着心地の良い T-Shirts 。 まぁ、こんなところだろう。 Pants は、このところ Jeans で過ごしているのでそれで良い。 経糸が濃茶色、緯糸が黒色、平織りの麻布一枚で仕立てられた Coat 。 肩線は落とされ、ゆったりとした皺くちゃの Work-Coat 的な風情だが。 その袖は、完璧な仕立ての流儀で付けられている。 精緻に仕立てられた粗野な服。 今、気分としてはそうなんだけれど、適う服を探すとなると難しい。 で、結局この春も、 The Crooked Tailor の中村冴希君が届けてくれた服に袖を通すことになる。 麻生地も中村君が考えたのだそうだ。 白色もあるらしいが、肥えた冬大根みたくなりそうなので茶色にした。 春には少し暗い気もするけれど、深みがあって、これはこれで良い色だと気に入っている。 海辺の家には、梅花が香る。 花香を嗅ぎながら、こうして春の衣替えを待つのも一興だと想う。 中村冴希君、良い服を届けてくれて有難うね。  

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四百七十四話 Irish Sweater

暮れに甘い酒が飲みたくなって。 Baileys Irish Cream 一瓶を酒屋で買った。 酪農が盛んな Ireland では、昔から Irish Whiskey にクリームを入れて飲む習慣がある。 これに習い Dublin で開発されたのが、このリキュールだ。 Kahlúa のようなべたついた甘さではなく、キレがあって旨い。 瓶の意匠もその味も洗練されたものではないが、野趣とも言える素朴な味わいに惹かれる。 極寒の北国 Ireland 。 ひとは、酒場に甘くて暖まる酒を求めたのだろう。 Baileys Irish Cream は、そんな地の暮らしから産まれた名酒なのだと想う。 厳しい風土では、衣食住に様々の知恵と工夫を凝らさなければ暮らせない。 酒だけではなく Irish Sweater もそのひとつだ。 Galway 湾に浮かぶ Árann 諸島西岸を産地とする Árann Sweater などがよく知られている。 漁師の嫁によって編まれるのだが。 その編み柄には、ひとつひとつ意味と願いが込められていて、家々によって柄は異なる。 凍える荒海での漁は過酷で、不幸にして命を落とす漁師も多くいた。 溺死による遺体の身元確認は難しく、編み柄の違いによって亭主かどうかを判別したらしい。 暮らしの知恵というには、あまりにも悲哀に満ちた話だが実際にそうだったようだ。 発祥は六世紀だと唱えるひともいるが、繊維史の常識からするとありえない。 … 続きを読む

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四百七十話 アリか?ナシか?

  本屋で、雑誌をペラペラめくっていた。 どこが頭なんだか尻尾なんだかさっぱりわからない服ばっかりで。 わざわざ買うまでもないと頁を閉じかけた時、妙なコートが目につく。 うん? なんだこれ? 今時、こんなのを創る奴もいるんだぁ。 誰? 歳はとりたくないもので、このところ小さなクレジットの文字がよく見えない。 doublet ? えっ?doublet ? この Mods Parka って、井野君が創ったのかぁ。 doublet デザイナーの井野将之君で、二〇一三年にデビューした頃からの付合いだ。 なので、実際の服は見てなくても大体の想像はつく。 コート全面に施されたワッペンについては。 当然、着心地にも気を配るだろうから。 ジャガード織機を用いて、こういった一枚の布として表現したんじゃないかと思う。 いくら紋紙が電子化されているとはいえ、手間の懸かる手法だろう。 でも、デザイナーとして井野君が表現したかったものが最短距離で伝わってくる。 Mods Parka という主題は、世代によってその解釈が異なる。 一九五一年に、米国陸軍に採用された野戦パーカー。 その軍制品が、英国の若者に支持されるようになったのは一九六〇年代初頭のことである。 彼等は、Mods と呼ばれ自立した文化を育む。 以来、Mods Parka は、音楽・文学などのサブ・カルチャーと密接に関わっていく。 一九六〇年代の R&B から七〇年代の PUNK へと変わりゆくなかで。 … 続きを読む

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四百六十八話 くたびれた服

おとこが着る服は、ちょっとくたびれているくらいがちょうど良い。 この歳になると、今までに増してそう想う。 が、良い具合にくたびれていく服に出逢うことは滅多になくて。 最新の流行りを追いかける方が、よほど手間いらずで楽だ。 原糸から衣服へと仕立上げるには、数多くの工程を経なければならない。 そのひとつひとつの工程を、ゆっくりと丁重にこなしていく。 急いだり僅かでも手や気を抜くと、碌でもない服となってしまう。 碌でもない服は、くたびれるまでに塵と化す。 どうせ塵になるんだから、服なんて一円でも安い方が身の為だ。 そう考えるひとは少なくないんじゃないかと思う。 まんざら間違いでもないけれど、服で飯を喰ってきた者としてはちょっと寂しい気もする。 そこで、ここに一着のくたびれたコートがある。 英国 Burberry 社の Balmacaan Coat で、一九七〇年に仕立てられたものだ。 一般的に Balmacaan Coat は、包み込むように大きいものだが。 一九七〇年代製 Burberry 社のコートは、他の年代に比べて身幅も袖も細目に仕上がっている。 なので、中衣が T-Shirts でも借りもののようなダボついた風情にはならない。 気に入っているのは、それだけじゃなくて。 この皺の感じがとても良い。 細く長い上質の綿糸を高密度に低速で打ち込んだ生地でないと、この面にはならない。 縫いは若干雑だが、塹壕服としての成立ちを考えればそれも味わいのようにも思えてくる。 そして。 中身がくたびれてきた今、この半世紀ほど昔のコートがようやく似合うようになってきた気がする。 もっとも、女のひとには、なんの与太話か意味不明だろうけれど放っておいてもらいたい。 重箱の隅を楊枝でほじくるような感性がおとこにはあることをいくら説いても仕方ないから。 でも、これをご覧になると少し気が変わるかも。 The Tale of … 続きを読む

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四百五十九話 それでも、この服が好きだ。

The Crooked Tailor の中村冴希君から Musée du Dragon に一緒にやって欲しいと話があった時。 後数年で辞めようと腹を決めていた。 手縫いで仕立てた服を売る。 そんな厄介な仕事を持ち込まれても、残された時間でものにする自信が持てない。 辞めるつもりであることは誰にも漏らさずにいたが、中村君だけには伝えることにした。 「俺もうちょっとで辞めるから、引受けても責任持てないよ」 それを承知の上でという返事を受け扱うことにする。 誰も知らない、手縫いだけに値も張る、生産背景も難しい。 下手をすれば、Musée du Dragon は情けない幕を引くことにもなりかねないだろう。 良いことは、なにひとつとして無い。 なんで、こんな馬鹿げたことに関わったのか? 今、思い返しても不思議なんだけれど。 それでも、この服が好きだったとしか言いようがない。 やれることはすべてやった。 兎にも角にも時間がない。 もの創りには一切口を挟まず、店屋として売ることだけに専念する。 春に始めて秋頃には。 北は小樽から、南は福岡から、The Crooked Tailor をという方々がお越しになられるようになる。 通販をしないという服屋なのだから、来店していただく他はない。 嬉しかったし、有難かったし、なによりホッとした。 もちろん The Crooked Tailor に服としての魅力があったればこそであるが。 場末に在る服屋の力も捨てたものではない。 先日、中村冴希君がこの冬の新作を送ってきてくれた。 … 続きを読む

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四百四十五話 なにをどう着るのか?

今まで三五年間、服に埋もれて暮らしてきた。 それが、Musée du Dragon を閉じたことによって変わる。 もちろん、自宅の箪笥のなかに堅気では考えられない量の服が未だ眠っている。 だったら、それらを着りゃぁ良いのだけれど。 そうもいかないのが性というもので、こればかりはしょうがない。 Over The Stripes の大嶺君、Authentic Shoe & Co. の竹ヶ原君、The Crooked Tailor の中村君。 そういった人達は、僕のこの病にも似た性をよく分かっていて。 それじゃぁ困るだろうと、新作の服や靴を届けてくれた。 有難く、また贅沢なはなしだと感謝している。 それら届けられた服や靴を核に、なにをどう着るのか?ちょっと考えてみた。 結果、前から気になっていた Denim Pant を試してみることにする。 [ TENDER ] 英国の Denim Brand で、Musée du Dragon では扱ったことはない。 昔、岡山の児島産地に Savile Row … 続きを読む

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四百二十九話 多謝

精一杯やるにはやったけど。 Musée du Dragon の幕を引くって言ったら、蜘蛛の子を散らすように皆んないなくなるかも。 そんな景色を眺める羽目も覚悟しておかなくてはならない。 それが。 年明けから大勢の方々に囲まれて。 見たこともない心遣いを数えきれないほど頂戴して。 身に余る言葉を贈られて。 なんか、こう、気の利いたお礼を述べなければならない。 そう想って頭を巡らせても、馬鹿が急に治るわけでもなく。 月並みのこんな言葉しか浮かばない。 ほんとうに、ありがとうございました。 こころより感謝申し上げます。 店内が混み合いまして、 わざわざご遠方よりお越しいただきましたのに満足なご挨拶も出来ませず申し訳ありませんでした。 最期まで、行き届かぬ始末をご容赦ください。 お詫びと重ねましての御礼を申し上げます。 ありがとうございました。 あっ、それとこの馬鹿 blog は続けるつもりにしております。 僕の先々を餌に暇でも潰していただければ幸いと存じます。 では、お粗末様でございました。 また、どこかで。 さようなら。 二〇一六年一月三一日 ミュゼ・ドゥ・ドラゴ店主 䕃山雅史    

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