四百五十九話 それでも、この服が好きだ。

The Crooked Tailor の中村冴希君から Musée du Dragon に一緒にやって欲しいと話があった時。
後数年で辞めようと腹を決めていた。
手縫いで仕立てた服を売る。
そんな厄介な仕事を持ち込まれても、残された時間でものにする自信が持てない。
辞めるつもりであることは誰にも漏らさずにいたが、中村君だけには伝えることにした。
「俺もうちょっとで辞めるから、引受けても責任持てないよ」
それを承知の上でという返事を受け扱うことにする。
誰も知らない、手縫いだけに値も張る、生産背景も難しい。
下手をすれば、Musée du Dragon は情けない幕を引くことにもなりかねないだろう。
良いことは、なにひとつとして無い。
なんで、こんな馬鹿げたことに関わったのか?
今、思い返しても不思議なんだけれど。
それでも、この服が好きだったとしか言いようがない。
やれることはすべてやった。
兎にも角にも時間がない。
もの創りには一切口を挟まず、店屋として売ることだけに専念する。
春に始めて秋頃には。
北は小樽から、南は福岡から、The Crooked Tailor をという方々がお越しになられるようになる。
通販をしないという服屋なのだから、来店していただく他はない。
嬉しかったし、有難かったし、なによりホッとした。
もちろん The Crooked Tailor に服としての魅力があったればこそであるが。
場末に在る服屋の力も捨てたものではない。
先日、中村冴希君がこの冬の新作を送ってきてくれた。
数十年前に織られた Vintage Tweed 生地を少し短めの Chesterfield Coat に仕立てたらしい。
良いねぇ〜、この佇まい。
無駄に洒落ない感じが、また素晴らしい!
この糞暑い最中、藤棚に吊るしてすぐには着れないコートを眺めながら想う。

それでも、この服が好きだ。

 

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