四百七十四話 Irish Sweater

暮れに甘い酒が飲みたくなって。
Baileys Irish Cream 一瓶を酒屋で買った。
酪農が盛んな Ireland では、昔から Irish Whiskey にクリームを入れて飲む習慣がある。
これに習い Dublin で開発されたのが、このリキュールだ。
Kahlúa のようなべたついた甘さではなく、キレがあって旨い。
瓶の意匠もその味も洗練されたものではないが、野趣とも言える素朴な味わいに惹かれる。
極寒の北国 Ireland 。
ひとは、酒場に甘くて暖まる酒を求めたのだろう。
Baileys Irish Cream は、そんな地の暮らしから産まれた名酒なのだと想う。
厳しい風土では、衣食住に様々の知恵と工夫を凝らさなければ暮らせない。
酒だけではなく Irish Sweater もそのひとつだ。
Galway 湾に浮かぶ Árann 諸島西岸を産地とする Árann Sweater などがよく知られている。
漁師の嫁によって編まれるのだが。
その編み柄には、ひとつひとつ意味と願いが込められていて、家々によって柄は異なる。
凍える荒海での漁は過酷で、不幸にして命を落とす漁師も多くいた。
溺死による遺体の身元確認は難しく、編み柄の違いによって亭主かどうかを判別したらしい。
暮らしの知恵というには、あまりにも悲哀に満ちた話だが実際にそうだったようだ。
発祥は六世紀だと唱えるひともいるが、繊維史の常識からするとありえない。
多分、二〇世紀初頭だろうけれど、それにしても一〇〇年以上は経つ。
同じ発祥の地で、百年以上ひとの手によって今も編み続けられている服は極めて稀な存在といえる。
そんなことを考えていると、暖かい Irish Sweater が欲しくなった。
しかし、Árann Sweater はいらない。
荒海に漕ぎ出す度胸もないから溺死の心配もないし、悲哀に満ちた物語が似合う夫婦関係でもない。
なにより、ちょっと分厚過ぎてコートが羽織り辛い。
なので、洒落過ぎずダサ過ぎない程度の Ireland で編まれたセーターに落ち着く。
Thom Browne の Irish Sweater 。

まぁ、気には入ったんだけど、そこいらのカシミヤ・セーターより値が張るってかぁ!

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