六百六話 島の魚屋

海峡に浮かぶ島へ魚を買いに。
海辺の家からは、世界最長の吊橋 “ 明石海峡大橋 ” を渡って三〇分くらいで着く。
橋を渡り終えると、淡路島北端の街 “ 岩屋 ” 。
ここ数年、次々と巨大商業施設が建設され、全国から訪れる観光客 で賑わっている。
しかし、ここ岩屋港辺りは、すっかり時代に取り残され一時の栄えた面影はどこにもない。
かつて一番の繁華街だった岩屋商店街も昭和映画のセットみたいで、生気なくひとの姿もまばらだ。
その商店街からバイク一台通るのが精一杯の細い路地に入る。

その先に、目当ての “ 林屋 ” 鮮魚店があるはず。
友人からこの店屋を教わったのだが、その友人はどうやってこの隠れ家鮮魚店を知ったんだろう?
それほど見事に隠れているにも関わらず、店前には注文を待つ客が列をなして並ぶ。
周りに自販機ひとつない寂れた漁村にポツンと在る魚屋に客が寄るという謎。
客の注文を受け、数人の職人が丸魚を捌いて次々と渡していく。
立派な真鯛が横たわっている。
店主に訊く。
「鯛のカマわけてくれるかなぁ?」
「養殖モンのカマで良かったらその辺のやつ勝手に持って帰ってぇ」
「 いや、大将の手元にあるカマが欲しいんやけど、なんぼ?」
「 これは天然の上物やで!一八〇〇円、いや一五〇〇円でええわ」
側にいた嫁に。
「奥さん、湯に通して鱗立ててから取った方がええでぇ」
「・・・・・・・・・。」
「なぁ、ひとの言うてること聞いてる?」
「えっ?あぁ、そうなん」
まったく聞いてません。
そりゃぁ、そうだろう、海峡の対岸で生まれて育ったおんなに鯛の鱗の轢き方は言わない方が良い。
寄り道せず海辺の家に戻って、言われるまでもなく湯に通す。

酒、味醂 、醤油、砂糖を加え、牛蒡と煮ると “ 鯛の兜煮 ” の完成。

海峡の両岸で獲れる魚に差はない。
それでも、この鯛は間違いなく旨い。
わざわざ橋を渡るに見合う味だ。
やはり店屋の目利きによるものなのか?

島で一〇〇年を超えて鮮魚一筋に営んできたというのは伊達じゃないんだと想う。

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六百五話 万年筆

“ 弘法筆を選ばず ” との喩えがあるが、実際のお大師様は、滅茶苦茶にこだわっていたらしい。
まぁ、 お大師様は、能書家であられたのでそれはそれで良いのだけれど。
悪筆にもかかわらず、筆記具に凝るひとがいる。
大体が男性に多いように思う。
自慢じゃないが、僕もその典型的なひとりである。
逆に女性は、筆記具に限らず道具は合理的に機能優先で選択する。
昔、Musée du Dragon の店内で、嫁が事務仕事をしていた時のこと。
使っていたのは、百円ほどの使い捨てボールペン。
その姿を傍で眺めていた顧客様のおひとりに声をかけられる。
「この万年筆、僕はもう使うことがないので、良かったら差し上げます」
“ Writing Jewel ” と称えられる伊 Montegrappa 社の名品。
その綺麗な銀細工が施された古い万年筆を置いて帰られた。
粋な方だった。
以来、嫁は、大切な愛用品のひとつとして手元に置いて使わせてもらっている。
先日、インクが切れて買いに行くというので付き合った。
「なんか黒とか青とかじゃなくって、もっと格好良い色ないかなぁ」
そういう話だったら、ちゃんとした文具店に行かないとならない。
文具屋という業種そのものが街中から消えようとしている時代にあっては、なかなかの難題だ。
思い至った店屋は、神戸三宮の “ ナガサワ文具店 ”
神戸では、老舗中の老舗で、場所は移転したもののまだ営んでいるという。
行くと、万年筆売場は、ちょっとした部屋になっていて、さすがの品揃えに驚かされる。
ナガサワ独自の高級万年筆まであるという充実ぶりだ。
嫁は、この道で経験を積んできた風の男性店員に相談している。
「うわぁ〜、なにこれ? 阪急電車色って、凄い!」
No.1からNo.82まで、全て港神戸に因んだコレクション・インク。
海辺の家が建つ街から近所の遺跡に至るまで、そのすべてが色で表現されている。
ここまでくると、意地というより病だ。
万年筆は、もはや実用品ではなく嗜好品だろう。
ならば、客の嗜好にとことんより添ってやろうという考えなのだろうか?
いづれにしても凄い!
“ Kobe INK物語 ” から嫁が選んだ一色は、これ。

“ 舞子グリーン ”
隣街の名を冠した Deep Green 色。
舞子の浜につづく松並木色だそうだ。
帰って早速ポンプ式万年筆にインクを注入し、なにかを書いている。
覗き読むと。

あぁ、今夜の晩飯は坦々麺ね。

 

 

 

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六百四話 カーリマン?

この海辺の街で暮らしていると、時々不思議なひとに出逢う。
週末に浜で “ KOBE FARMERS MARKET ” が開催されると市報にあったので覗いて見ることにした。
地産地消を推進する狙いで催されるらしいが、行ってみるとこれがなかなかに面白い。
農家が野菜を売り、漁師が魚を売るだけでなく、いろんな連中が参加していて。
地元の料理屋、豆腐屋、天麩羅屋、パン屋、珈琲焙煎所、クラフトビール醸造家などの屋台もある。
土地柄、台湾女性が供する台湾家庭料理までと多彩な顔ぶれである。
なかには、知っている顔もあって LOCAL MARKET 感満載だが、その盛況さに驚く。
国道から港までの道が、渋滞するくらいだからたいしたものだ。
屋台で買った料理を浜辺に腰を下ろして海を眺めながら食う。
さて、どの屋台の何を選ぶか?
有機野菜咖喱、海苔雑炊、台北点心といろいろとあるのだが。
Gibier Stand?
Gibier って、野鳥、野獣のあの Gibier だろうか?

洒落た品書きだが、味の想像がまったくつかない。
四色丼 とあるけど、熊・猪・鹿で三色じゃないの?
振舞っているのは若い夫婦で、亭主の方に訊いてみる。
「もう一色は、なに?」
「熊、猪、鹿に地場野菜を加えた四色です」
「熊、猪、鹿は、それぞれ味付けを変えた “そぼろ” にしてあって、美味しいですよ」
「へぇ〜、いまいちよくわかんないけど、ひとつちょうだい」

食ってみると、拍子抜けするくらいに野獣特有の臭みがない。
あっさりとはしているが、鶏のそぼろ丼よりもずっと味が深く旨い。
これ、意外といけるなぁ。
食い終えて、鉢を返しに屋台に戻る。
「ごちそうさま、旨かったわ、で、店はどこでやってんの?」
「ありがとうございます、ボクら店とかないんですよ」
「えっ?ご飯屋さんじゃないの?」
「僕、狩専門で、丹波の猟師なんです」
「マジでぇ!狩人なの? あぁ、それでカーリマンかぁ」

六〇年生きてきて、狩だけで生計を立てている猟師にはじめて出逢った。
猟師やマタギって、もっと爺の生業だと勝手に想像していたが、ナマ狩人ってこんな感じなんだぁ。
翌日。
庭の剪定にやってきた庭のジプシー橋口君に、このカーリマンの話をした。
すると、助っ人に来ていた後輩の庭師が。
「そのひと、母親の友達の息子さんかも」
「嘘だろ、丹波に住んでるって言ってたけど、ちょっと確認してみてよ」
昨日撮った画像を送ると、母親から返信があって、やはりカーリマンだった。
そして、その母親の友達であるカーリマン・ママは、海辺の家の裏手に住んでおられるという。
「いやぁ〜奇遇だわ、カーリマンに頼みたいことがあって、知合いになりたかったからよかった」
「うちの母親も、時々、届けてもらった鹿肉とかを Cafe で料理してますよ」
「母親の実家は、丹波の窯元なんで、そこで焼いた器に盛ったりして」
「僕も、庭師と陶芸家と二足の草鞋 ですから」
「なんか、いろいろと面白そうなコミュニティー だな」
庭のジプシーが言う。
「䕃山 さんみたいな不思議なひとには同じような変わったひとが寄ってくるんですよねぇ」
「なに他人事みたいに言っての、キミが一番の変人だろう」
狩人、庭師、陶芸家いろんな生業がある。
とことんこだわって、真面目に愚直に究めようとしている若い連中と出逢うと気分が良い。
先日、カーリマンからソーセージが届いた。
鹿肉一〇〇%、鹿肉九〇%豚肉一〇%、辛めのチョリソ、ハーブ入りの四種類。
食べ易くするために豚肉を混ぜるらしいが、やはり一〇〇%が絶品だと思う。

ひととひととの繋がりが、産地と食卓を繋ぐ。最高だわ!

 

 

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六百三話 曲芸的庭師

庭の改庭作業もいよいよ大詰め。
最後に樹形を整えていく。
“ 庭のGypsy ” 橋口陽平君が。
「さぁ、もう少しですよ、頑張りましょう!」
って、確実に落ちたら死ぬ場所から励まされても、悪いんだけど無理だわぁ。
歳の問題じゃなくて、生まれもった Potential の有無だから。

一緒にしないでください。

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六百二話 満開!

そして、これが二〇二二年、海辺の家に咲く桜です。

二〇二二年四月二日夜。

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六百一話 SAKURA IN THE RAIN

二〇二二年三月二六日、雨。
海辺の庭に在る姥桜が、最初の 一輪を咲かせる。
見頃は、来週末くらいだろうけれど。
こうして、たった一輪、雨に打たれて咲く姿もなかなかに美しい。

さぁ、花見の支度でもするかぁ。

 

 

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六百話 大地の呼吸?

海辺の庭。
昨年の暮れに、“ 庭の GYPSY ” 橋口陽平君と知り合って、指導を受けながら改庭を進めてきた。
彼も日本全国飛び回っているので、いつも一緒にとはいかないが、要所要所で手を貸してくれる。
ようやく下段の庭の法面も整い、後は植栽を残すところまできた。
次は、壁に San Francisco の錆びた解体トタン材が貼ってある上段の東側に取りかかる。
この場所には、大きな枝垂れ梅の老木があって、この季節には毎年花を咲かせてくれていた。
それが、数年前の台風で煽られ倒れて、手当の甲斐なく枯れてしまう。
根はそのままにした大きな切株があったので、抜根を GYPSY に依頼する。
弟子とふたりがかりで、二時間近くを要する作業 となる。
僕は、コロナ・ワクチンを前日に追加接種 したため、腕が上がらず役に立たないので眺めてるだけ。
抜根が終わり、根の先を調べ、さらに深くの土を掘り出し匂いを嗅ぐ GYPSY 。
「なにやってんの?」
「この木倒れた原因、台風だけじゃ無いですね」
「根の先が腐って弱っていたところを強風に煽られ倒されたんですね」
「切った後の根腐れじゃないの?」
「違いますね、この黒い土の匂いは有機ガスで、土壌の深い部分で発生しています」
「マジかぁ? なんでそんなことに?」
「コンクリート擁壁でしょうね、敷地端の土壌が呼吸不全になりガスが発生したのだと思います」
「で、どうすんの?」
まず、天穴を開けてガスを逃し呼吸を戻したうえで、脈を作って竹炭や切枝や落葉を仕込むらしい。
「それって、結構面倒だな 」
「䕃山さん、庭に対する考えを変えてください!」
「地上の植物の状態をよく見て、地下の土壌に起きている事象を想像しないと」
「落葉や剪定枝を生かしながら、自然に土壌を隅々まで良好な状態へと整えていきましょう」
「あっ、そうそう、僕、そういった話を、明日講演するんで聴きにきてくださいよ」
「そんなマニアックな話聴くひといるの?」
「だから、䕃山さんみたいなひとですよ」

えっ? 俺? 俺は、自分の庭を、このスケッチみたいにしたいだけなんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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五百九十九話 Valentine’s Day

ある時にはあんなにあったのに、無くなる時にはこんなにも無くなるんだと実感するものがある。
銭の話ではない。
いや、銭もだけど、他にも似たような話がある。
喩えば、Valentine’s Day に貰う Chocolate 。
あたりまえだけど、とんとやって来ませんなぁ。
Chocolate 好きだから、愛はいらないが Chocolate は欲しい!
だけど、来ないものは来ない。
だったら買えば良いのだけれど、この時期それも憚られる。
仕方がないので、手近なところで嫁に頼んでみるか。
「 Valentine’s Day なるものが近づいておりますけど、何がしかのものをいただけるんですかねぇ?」
「あぁ、うん、注文してあるよ、“ 南国酒家 ” の豚饅と焼売 、冷凍で渋谷から明日届くから」
「豚饅?焼売? いや、俺、Valentine’s Day の話をさせていただいているんですけど」
「だから、わたし、Chocolate 食べないし、あんたもコレステロール値が高いんだからやめとけば!」
確かに “ 南国酒家 ” の豚饅と焼売は旨い、しかし、なにかが間違っている。
そもそも、豚饅と焼売は、コレステロール値が低いのか?って話だろう。
依頼先をしくじった!
そんな状況下、大学時代の友達から紙包を渡される。
「これ、Chocolate 」
「マジですかぁ!これって、手作り?」
「滅茶苦茶面倒臭かったわぁ!」
いやぁ〜、このひと、ほんとは良いひとだったんだぁ。
料理の腕は知ってるし、日頃良いものばっかり食ってるから舌も肥えている。
しかも、好物の上に大がつく“ Orangette ” だぁ!
よくぞ、まぁ、こんな手間の掛かる逸品を、thank you です!
「溶けるといけないから、近くで珈琲買って、食べてくれば?」

いいえ、丁重に持ち帰ってパンツ履き替えてからいただきます!多謝!

 

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五百九十八話 物 欲

 

誕生日。
爺が、さらに爺になるという儀式で、めでたい要素はどこにもない。
ただ、この歳まで無事に過ごせたのだから、有難いといえば有難い。
嫁から訊かれる。
「なんか欲しいものある?」
「べつに何もない」
「ほんとに、何もないの?」
「あぁ、そういえばシャワーヘッドとか、マイクロバブル的なやつ」
「オバハンかぁ!だいたいそんなものどうすんの?」
「えっ? 身体とかが綺麗になるんじゃないの?」
「ならんわぁ!」
「じゃぁ、何もいらない」
歳のせいなのか?モノに溢れる環境で暮らしてきたせいなのか? 理由はよくわからないけれど。
さっぱり物欲が湧かない。
どこかに出かけて消費するという行為そのものが面倒臭くなってきた。
マズイなぁ、これは。
それでも、食欲だけはあるから、まぁ、良いかぁ。

蝋燭吹き消して、与えてもらったケーキ食って、寝よ。

 

 

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五百九十七話 シチリア風カワハギの煮付

獰猛なカワハギを美味しく食べる件。
一年を通して獲れる魚だが、身の旬と肝の旬が、それぞれにある。
身の旬は、産卵を終えて体力を取り戻そうと餌を食べまくり太っている夏。
逆に、肝の旬は、冬だとされる。
カワハギは、寒くなると身ではなく肝に脂肪を蓄える習性があって、冬場に肝が肥大化するから。
通説で、真実かどうかは知らないが、そう謂うひとが多い。
いづれにしても、いつ食ってもカワハギは、それなりに旨い魚だ。
誕生日に、明石の伊料理屋 “ CHIRO ” で友人と飯を食うことになっていた。
二週間前からの予約受付が、わずか数分で埋まってしまうという人気は、未だ衰えを知らない。
“ CHIRO ” では、その日仕入れた魚を盆に載せて卓に運び、選んだ魚を希望の料理に仕立てくれる。
この日の盆には、オマール海老、鯛、鱸、笠子、チヌなどに混じってカワハギが 。
カワハギを注文するとして、それをどう調理してもらうか?に頭を巡らせる。
ナポリ伝統のピザ窯で焼く? Acqua Pazza ? 素人が思いつくのはそんなところだ。
玄人に訊く。
「なんか、こうもっとカワハギを美味しく食べるやり方ってある?」
「そうですねぇ、馬鈴薯とオリーブの実と一緒に煮付けるっていうのも意外と美味しいですよ」
「なるほどね」
なるほども何も、全く味の見当すらついていなかったのだが、行きがかり上そうすることにした。
そして、供されたのがこの一皿。
「なんだぁ!これ!クッソ旨いわぁ!」
ただ煮付けただけで、どうしてこんなに旨くなるんだろう?
塩加減、煮具合で、風味や食感がここまで違うものなのか?
それとも、“ CHIRO ” には、謎の調味料が存在するのか?
やばいなぁ、この飯屋!
そこで、“ 獰猛なカワハギを美味しく食べる件 ” の正解です。

“ CHIRO ” に行け!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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