百三十五話 御蔵入

コレクションが披露される現場では。
僕が良い良いと思っても他社や他店がちっとも良いと思わない時がある。
創った本人と僕だけが良いと思っているという極めて御寒い状況である。
まぁ、披露された全てのアイテムが駄目だというような悲劇は滅多と起こらないが。
もうそうなると御寒いのを通り越えて凍え死ぬしかない。
ただ、ひとつのアイテムが Musée du Dragon 以外の何処からも発注されないなんて事はままある。
どうするかの選択肢はふたつ。
ひとつは、一店舗の発注数量では生産単位にはならないので潔く売るのを諦める。
当然そのアイテムは御蔵入となり人目に触れることはない。
もうひとつは、生産可能単位まで一店舗の発注数量を引上げて売る。
これまた当然の事だが売れなければ大枚の銭を溝に棄てるという惨めな結果に終わる。
玄人が見て十人中九人が売れないと踏んだモノをさらに数を増やして発注しようというのだから。
あまり利口な選択とは言いがたい。
ANSNAM の展示会が終了して暫く経った頃デザイナーの中野靖君から電話があった。
⎡どうもで〜す⎦
⎡なに?どうしたの?また碌でもないことじゃないだろうな⎦
案の定碌でもない事だった。
⎡あのシルク・ストールなんですけど没ですね⎦
⎡えっ、発注して貰えなかったの?何で?⎦
⎡知りませんよそんなこと、結果そういう事だったんですよ⎦
⎡畜生 あんなに気に入ってたのに⎦
⎡ちゃんと説明したの?⎦
⎡誰に何をですか?⎦
⎡お客さんに商品のことをに決まってるだろうがぁ⎦
⎡しませんよ、いちいちそんなこと⎦
⎡いったいその無駄な自信はどっから湧いてくんのかなぁ?⎦
⎡説明しなきゃ解んないじゃん⎦
⎡………………………。⎦
ここで言ってはならない台詞を吐いてしまった。
⎡いいよ、もう⎦
⎡生産可能数量分をうちで発注するから⎦
⎡マジですかぁ?⎦
⎡それじゃぁひとつ頑張っちゃいますかぁ?⎦
⎡いやいや言っとくけど頑張るのは、あんたじゃなくて俺だから⎦
そんなこんなでようやく御蔵入を免れて日の目をみたこのシルク・ストール。
どうですか?
Blue & Brownという配色も素晴らしいし、微妙なグラデーションも織りによって表現されている。
繊細の極み。
これこそが日本の絹織物工芸がもつ魅力だろう。
衰退著しい伝統産業にあっても今だに健在である。
どっかの国の鼻紙みたいな織物とは大違いだ。
やっぱり御蔵入させないで良かったなと思う。
さぁ、頑張って売らないと。
皆さんも宜しくです。

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