五百五十八話 阿吽画

嫁が、玄関の収納扉が使いにくいからと建具屋を呼んだ。
片開きの扉を両開きに変更するらしい。
作って一年も経たない片開きの扉は、嫁の一言で廃棄。
新たな観音開きの扉を製作することに。
ついでに、玄関がもう少し明るくなるよう扉に何んか描いてくれと言う。
もちろん建具屋は絵なんて描かないから、僕が描くしかない。
玄関に描くにふさわしい題材は?
そこで、寺や神社の入口に必ずいる仁王像や狛犬を思い出した。
決まって、一方が口を開いていて、もう一方が口を結んでいるあれだ。
サンスクリット文字配列は、まったく妨げのない状態で口を開いた 「阿」から始まる。
そして、 口を完全に閉じた「吽」で終わる。
古来より、日本人は、人間の間柄における状態を表す言葉として用いてきた。
ふたりが、呼吸まで合わせるように共に行動しているさまを「阿吽の呼吸」と言ったりする。
夫婦円満・家内安全・魔除など、なんかよくわかんないけど良いような気がする。
しかし、まさか仁王や狛犬を玄関に描くわけにもいかない。
そういや、 Alice’s Adventures in Wonderland の挿絵にそんなのがあったような。
一方が口を開いていて、もう一方が口を結んでいる百合の妖精だか魔女だかの絵だった。
英国の風刺画家 John Tenniel が、一五〇年ほど昔に描いたちいさな挿絵だ。
これを、襖絵のように描けば良い感じに仕立てられるかも。
下絵から仕上げまで五日を要して、描き終えたのがこれ。

阿形の百合」

 「吽形の百合」

嫁が。
ジジイにしては、良い腕してんじゃん。

俺を、誰だと思ってんだぁ!

 

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