百四十七話 しあわせのパン

ずいぶんと前の話になるが。
⎡もしもし、“ しあわせのパン ” のことでお伺いしたいんですけど⎦
⎡はぁ?うちは服屋ですよ⎦
⎡どちらかとお間違いでは?⎦
全然かみ合わないこんな電話がよくかかってきた。
大体が女性の方で話方は上品そうな方が多い。
よくよく話をお訊きするとどうやら“ しあわせのパン ” というのは映画の事らしい。
さらに話をお訊きすると劇中で着られている服が Musée du Dragon で扱われているらしい。
とこんな話ならよくあることで珍しくもないけど。
ただ女性ばかりというのは稀といえば稀である。
ちょっと気になったのでこの “ しあわせのパン ” という映画を検索してみた。
舞台は北海道洞爺湖のほとりにある小さな町 “ 月浦 ”
そこでパンカフェ ⎡ マーニ ⎦ を営む夫婦と訪れる客達の人生を描く春夏秋冬の物語。
“ パン ” に “ カフェ ” に “ 自然 ” に “ しあわせ ” にとオッサンには縁遠い言葉が並んでいる。
あ〜なるほどねぇ、こりゃあ女の人達が好みそうな映画だわ。
邦画版 ⎡ Chocolat ⎦ みたいな感じじゃないの。
カフェの亭主を大泉洋さんが女将を原田知世さんが役として務められているらしい。
そしてこのおふたりが全編にわたって着用されているのが Vlas Blomme らしい。
“ らしい ” ばかりで申訳ありませんが、なんせまだ観てませんから。
噂では、普段でも原田知世さんは Vlas Blomme の洋服を着られているんだとか。
ご自身の雰囲気に合ってよく似合われるんだろうと思う。
これもお会いしたことがないので定かではなく、なんとなくの印象でしかないが。
原田知世と聞いて悪女を思い浮かべる人は少ないんじゃないかなぁ。
服にも人と同じように生まれもった育ちの良さを感じさせるものがある。
その逆もあるんだろうが、確かに生来の印象というのはどうしたって最後までついて纏う。
大雑把にブランド・イメージと言換えても差支えない。
そういう意味では Vlas Blomme は誰の目にも育ちの良い服と映るんだろうと思う。
そして、育ちの良い人が着るとさらに育ちが良く見える。
逆に、そうじゃない人が着ると少しはましに見えたりなんかするのかもしれない。
まぁ、物事にはなんにでも限界があるんだろうけれど大体がそんな感じだ。
Vlas Blomme は製品のほとんど全てにコルトレイク・リネンを素材として使用している。
欧州フランダース地方の小さな街コルトレイクは亜麻と共に時を刻んできた。
国名であるベルギーはベルジカという言葉を起源としリネンを意味する。
この地方の亜麻栽培は紀元前にも遡ると伝えられているほどに長い歴史を持つ。
しかし亜麻は近代繊維産業において最も開発の進まなかった素材でもある。
亜麻はとにかく不均一で、それが同じ品質の製品を大量に求める時代には合わなかった。
糸には節があり均一ではなく、畑の場所により収穫高や品質も異なる、天候によっても左右される。
その先行きが見通しづらく扱いにくい性格からよくワインに喩えられる。
時代には合わない素材ではあるけれど、これほど人を心地良くさせてくれる素材も他にない。
化合繊がどんなに進歩しても、どんなに希少で高価な綿や毛でも肌感覚としては適わない。
亜麻はキリストの聖骸布であった時代から 人の肌近くにあった。
その亜麻の中でもコルトレイク・リネンは特段に高い格付けを誇る素材である。
着れば着るほどにフカフカと優しく柔らかく身体を包む。
“ しあわせのパン ” を観ていないささくれたオッサンでも癒される “ しあわせの服 ” みたいな。

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