百四十九話 上等なおとな

原宿の駅を降りて竹下通りを少し下って右手の路地を入って行く。
路地とは言っても洗濯物が干してあるような風情ではなく、
⎡ブラームスの小径⎦とかいう上品そうな呼名の路である。
辺りは原宿駅前とは思えない閑静な住宅街でその一角に一軒屋のようなカフェが在る。
⎡ Blue Garden ⎦
贅沢なテラスに緑が植栽された住処みたいな雰囲気の店である。
この五月に開店したというこの店屋は新しいんだけれど何故か懐かしい感じがする。
別に懐古的な内装が施されている訳でもないのに昭和が香っている。
開放的で静かで普通で居心地良いみたいな。
⎡ Blue Garden ⎦ は Mickey Curtis さんが監修された。
⎡ Mickey さん、煙草失礼しても良いですか?⎦
⎡何?吸いたいだけ吸えよ⎦
⎡此処は煙草だって葉巻だって犬連れだって何だって構いやしねぇ⎦
⎡いちいち客にあれは駄目だこれは駄目だなんて注文つけねぇよ⎦
僕は喫茶店の看板ぶら下げて禁煙という店屋に出逢うと思う事がある。
⎡できるだけ早く跡形も無く潰れてくれ⎦
今では何処へ行っても通り難い道理だが、此処では違う。
昭和の道理が正当なものとしてまかり通る。
Mickey さんの傍らには格好良い奥様がいらして、足元にはなにやら変った生き物が寝そべっている。
⎡こいつ何者っすか?⎦
⎡犬だよ⎦
⎡いや、見りゃぁ大方の見当はつきますけど、変った犬ですね⎦
⎡イタリアン・グレイハウンドって、ほら、エジプトの遺跡なんかに座ってる奴がいるだろうあれだよ⎦
ざっくりとした解説で、エジプトの遺跡も見た事ないんだけど。
この犬がそこらの愛玩犬とは別世界の住人だってことはおよそ想像できる。
そこへ日本屈指の Harmonica Player 西村ヒロさんがやって来られる。
昨年震災直前のラジオ収録でご一緒させていただいた時、始めてヒロさんの奏でる音を生で聴いた。
Harmonica は一般的にそんな高価な楽器ではない。
その小さく安価な楽器からここまで人を惹きつける音が出せるという事実に驚く。
シカゴ仕込みの音はほんとうに伊達じゃない。
暫くすると 名 Jazz Pianist の本田富士夫さんが輪に加わられる。
なんなのこの集まり?
これって業界の人から見ると青褪めるほどに怖い面々なんだろうなぁ。
こっちは業界違いだから笑って座ってられるけど。
世の中に “ 立派なおとな ” は大勢いる。
企業人として重圧に耐えながら責務を果たすひと、昼夜を問わず人命を救っておられるひと等。
等しく立派だと思う。
思うけれど “ 上等なおとな ” というのとは少し違う気がする。
自分の 好きな事を貫いてそれで飯を喰い、俗になびかず無頼に生きて洒落た人生に幕を引く。
今日お付合いさせていただいた先輩方はそういう方々なんだろう。
⎡Mickey Curtis にとって人生とは?⎦
⎡人生なんて暇つぶし⎦
たった一言で片付けられてしまう。
養蜂をやっていて日本蜜蜂がスズメ蜂を襲うという噺。
一九八〇年代米国南部のブルース界での噺。
T-Sirts は何時何処でどういう事情で産まれたかっていう噺。
岩手に根付いた英国服飾文化についての噺。
不世出の天才落語家が逝かれた後の噺。
Elvis Presley と Michael Jackson の噺。
等々。
それぞれがそれぞれの箪笥の引出しを開けて噺を持寄り披露する。
多分死ぬまでやっても尽きることのない至福の与太話。
正午あたりから夕刻まで続いて、その後に予定していた仕事の打合せを三度遅らせた。
いっそ全部バックレてやろうかとも思ったがそうもいかず渋々 ⎡ Blue Garden ⎦ を後にした。
ところで、僕も含めて今日の方々には共に愛用している持物がある。
それらは全てひとりの男の手から創り出されている。
後藤惠一郎 さんだ。
氏は人と人を繋げ輪を成し、その輪から発想し作品を産み世に問う。
それは希有の才であり余人が敵うところではない。
そして、この場この時も後藤さんに授けていただいた。
感謝です。
“ 立派 ” じゃなくても良いから “ 上等なおとな ” にこそ手にして欲しい。
これから先も、ずっとそんな特別な品を創り続けて下さる事を願っております。

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