百五十話 日本の彩

日本人には色について他民族にはない独特の感性が備わっている。
人間はおよそ七五〇万色の色彩識別能力をもつと言われる。
この点では民族によって大した能力差はないらしい。
それでも色彩認識に違いが生じるとしたら、
それは文化の相違によるところが大きいのではないかと思う。
飛鳥時代以降、徐々に独自の生活様式が構築されるに従って色への感性も磨かれていったのだろう。
古代の日本人は、さほど色に通じている訳ではなかった。
古代日本語における色名は、
⎡白⎦ ⎡黒⎦ ⎡赤⎦ ⎡青⎦ の四種に限られ今でも ⎡い⎦ を付けて形容詞として使われる。
⎡白い⎦ ⎡黒い⎦ ⎡赤い⎦ ⎡青い⎦ といった具合だ。
では、どうやって色への感性は磨かれたのか?
⎡日本の美⎦について語る時よく取上げられるのが ⎡陰翳礼賛⎦ であろう。
日本では建物の上にまず瓦を伏せて、その庇が生じさせる陰の中に全体の構造を取込む。
この様式は、伽藍であれ町家であれ百姓屋であれさほど変わりはない。
屋根という傘を広げて地面に一廊の日陰を落しその薄暗い ⎡陰翳⎦ の中に家造りをする。
⎡美⎦というものは常に生活の実際から生まれて育つ。
日本人が特に薄闇での生活を好んだ訳ではなく気候風土から仕方なくそうなったのだろうが。
是非もなかった私達の先祖について谷崎潤一郎先生はこう結論づけられている。
いつしか ⎡陰翳⎦ の内に ⎡美⎦ を発見し、⎡美⎦ の目的に添うように ⎡陰翳⎦ を利用するに至った。
なにものも判然としない薄闇の中で、暮しの隅々にまで目を配り ⎡美⎦ を求める。
そうやって感性を研いできた。
江戸期に流行した色がある。
⎡納戸色⎦ と呼ばれる緑がかった藍色で、口伝では薄暗い納戸の色に由来する。
現代とは違って衣は半端なく値の張る代物だった時代。
そういう時代に在って高価な着物を納戸の暗がりに喩えて染めを注文する。
⎡服を誂えて欲しいんだけど、物置の中を覗いた時みたいな色にして頂戴⎦
現代風に言えばそんな感じだろう。
およそ⎡ 美 ⎦ とはかけ離れた納戸の暗がりにまで色を求め、その色が洒落者の間で共感を呼び流行る。
日本人は市井にあっても ⎡ 美 ⎦ にことの外貪欲であった。
その後、納戸色は錆納戸や藤納戸と枝分かれし多岐に発展していく。
薄闇に暮らす日本人だけに備わる研ぎ澄まされた感性は素晴らしいと思う。
だが、節電を唱えながらも煌々とした灯の下で暮らすようになった日本人。
地球上で米国に並ぶ明るさを誇るこの国で、この感性はきっと失われてしまうのだろう。
ここに数枚のストールが在る。
信州のある染工場の社長が個人的に日本古来の草木染めで創作された。
素材は最上級のカシミアで、その風合いを損なうことなく見事に仕上げられている。
再現性を欠く一点物なので店頭には並べていないが、
ご興味のある方にはご紹介させていただこうと思っている。
⎡ 陰翳礼賛 ⎦ を技で語れる職人が、まだこうしておられる。
ほんとうに心強く有難い。

カテゴリー:   パーマリンク