百八十八話 ANSNAM の極み

⎡去年の暮からとんと blog に登場しないけど、無事でいるのか?⎦と訊いてこられた方がおられる。
世の中には奇特な人がいるもんですなぁ。
⎡まぁ、これが残念なことに、ちゃっかり、しぶとく生きてるんですよ⎦
ANSNAM デザイナーの中野靖先生である。
一年ほど前から、あるコンセプトに基づいて一緒に服づくりをしている。
まぁ、コンセプトと言っても単なる思いつきみたいなもんなんだけど。
それに、僕はアシスタントの身分だから口は出すけど手は出さない。
このコンセプトは、口で言うと至極簡単なので僕としてはとても気に入っている。
⎡糸から仕立まで、ぜ〜んぶ人の手で服を創ってみたら?⎦
⎡以上です⎦
⎡あのねぇ〜、いったい僕を誰だと思ってんですかぁ?⎦
⎡中野靖だろ?⎦
⎡いや、そういう名前的な話じゃなくて、立場的な事を言ってんですよ!⎦
⎡そういう事は、デザイナーの僕が決めるんですよ!⎦
⎡ふ〜ん、だから僕はアシスタントの立場で進言申し上げてるつもりなんだけどねぇ⎦
⎡どっから目線のアシスタントなんですかぁ?⎦
⎡そんな厄介な仕事を、結局一から十まで僕がやることになるのは目に見えてるじゃないですかぁ⎦
⎡そうだよ、俺は、そうやって口先だけで半世紀無事に生きてきたんだから⎦
⎡それともなにかぁ〜、テメェ、俺の生き方に口でも挟もうっていうのかよ!⎦
⎡あぁ、もういいですよ、ほんと面倒臭いなぁ!⎦
⎡で、結論としてどんな服が望みなんですか?⎦
⎡知らねぇよ!そんな面倒なことはぁ!それを考えるのがデザイナーだろうがよぉ!⎦
という有難いお言葉を授けて、後は果報を寝て待てば良いのである。
そうして、年が明けて、桜の花も散ろうかという頃にようやく仕立上がってきた。
手紡ぎ、手織り、手染め、裂き織り、そして Hand Taylor Made という服がである。
工程上の仕事を全て日本でこなした。
この時代にあっても、これだけの服が創れる土壌がこの国には残っている。
生地をお創りいただいた “ 日本ホームスパン ” は岩手県花巻市に在る。
菊池さんご一家が、厳しい雪国で三代にわたって育んでこられた正当な技術。
家族が紡ぐという意味を地でいく Home Spun は、世界中のトップメゾンから称賛される存在だ。
そして、その生地を、究極に無駄を削ぎ落としたデザインを用いて Hand Taylor Made で仕立上げる。
服屋として、冥利に尽きる服とはこういう服だと思う。
Professional Couture のあるべぎ姿がここにある。
皆様、御苦労様でした。
ありがとうございます。
きっと御客様にも喜んで戴けると思います。
中野君も、夜明け前に雪国のバス停で凍死しかけた甲斐があったじゃん。

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