六百二十九話 妖怪ドロップ缶?

先日、車に置いておく喉飴を買おうと、普段あまり行かない離宮前のスーパーに行った。
此処は、駅前の店屋とは違い American Store 風のちょっと気取った店屋だ。
品揃えもホーム・パーティー用の惣菜とか、BIO 食材とか、ワイン類が目立つ。
客層は、小洒落た三〇代くらいの若い子供連れの夫婦が中心で、いつも繁盛 している。
屈んで、菓子売場の棚を探っていると。
突然、マスクを横から思いっきり引張られた。
それが半端な引張りようではなく、ゴムが伸びきるほどの勢いだ。
驚いて、左側を向くと。
綺麗な母親の肩に抱かれたこれまた美人になるであろう可愛い女の子がマスクの間を睨んでいる。
小さな人差し指はコの字に曲げられ、しっかりマスクのゴムが引っ掛けられていた。
驚いて、なんとか外そうと試みたけどなかなか上手くいかない。
すると、その二歳か三歳かの女の子が、こちらを睨みながら。
「なぁ、なぁ、妖怪ドロップどこ?」
知るかぁ!妖怪ドロップなんか!そんなことよりマスクを引っ張るな!
思ったけど、指からゴム紐を外すのに手一杯で口には出せない。
母親は、そんな状況であるにもかかわらず、気づかずゼリーの袋を眺めている。
娘が自分に訊ねているのだと思って気楽に応える始末だ。
「此処には、妖怪ドロップないんじゃないの」
途端、娘の顔がさらに険しくなった。
「妖怪ドロップ知らんの?なぁ?知らんの?」
もうマスクは、限界まで伸びきっている。
「知らんがなぁ!」
さすがに声をあげる。
その返事に気づいた母親の狼狽ぶりもひどかった。
「ええっ!うそぉ!やめてぇ!なにしてんのぉ!」
「すいません!ほんとに失礼しましたぁ!」
言いながら慌てて立ち去ろうとすると余計にマスクが引っ張られる。
娘に。
「お願いやから離してぇ!おかあさん、もう無理やからぁ!」
いや、無理なのは俺だから。
海辺の家に帰って、ヤツが執着していた “ 妖怪ドロップ ” なるものを検索してみた。
なるほど、こんなのがあるんだぁ。
妖怪のことは妖怪に訊け!ヤツは、どうやらそう発想したに違いない。
なので、マスクを引っ張って妖怪かどうかを確かめたかった。
そして、確信した。
俺が、妖怪だということを。

まったくもって、失礼な奴だ!

 

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