六百九話 結陽ちゃん

庭のジプシー 橋口陽平君は、東京の大学に通うまで鹿児島で産まれて育った薩摩隼人だ。
先日、娘の結陽(ムスヒ)ちゃんを授かったばかりで。
数日前に庭の剪定作業にやって来た際にも、嫌というほど画像を見せられる。
産まれて二ヵ月で、拡大契約した画像保存可能枚数がすでに限界に達しつつあるらしい。
めくってもめくっても結陽ちゃんしかいない。
「もう連写モードのレベルだな、いい加減整理すれば」
「整理って、消すっていうことですか?どれを?」
「知らないよ、そんなの」
「でも、奥さん似で文句なく可愛いいな」
「はぁ? 䕃山さんよく見てくださいよ、どっから眺めても俺に似てますよね」
「いや、間違いなく奥さん似で 、この娘も美人になるな」
「俺、一〇月に San Francisco の金門橋近くで石積みの仕事を二週間請け負ってるんですよね」
「行きゃぁいいだろう、たった二週間だろ?」
「その間どうしましょう?」
「だから、知らないって!」
このおとこ、当分の間、近場仕事だけにしてジプシー業を廃業するんだろうな。
その定住志向のジプシーが、家族で結陽ちゃんをお披露目にやって来た。
「どうですか?可愛いですよねぇ」
「どうですかって、散々画像見せられて知ってるよ」
「動くんですよ」
「いや、知ってるから、動画もいっぱい見たから」
抱いて上から眺めていると、確かにこの娘は可愛い、まぁ、こうなる気持ちもわからなくもない。
「鹿児島のお爺さんもさぞ喜んでおられるんじゃないの?」
「すぐ鹿児島からやって来て、大騒動ですよ」
「薩摩隼人は無口だって、あれ大嘘ですよ、ずっと結陽相手に喋りまくってましたから」
「あっ、そうそう、これその親父が育てた栗なんですけど、良かったら食べてみてください」
鹿児島は、栗の産地としてはあまり知られていない。
しかし、県境を接する熊本県山江村では、最高級の栗が採れる。
その昔、年貢米ならぬ年貢栗として納めていたほどだ。
同じ土壌、同じ風土の県境付近の鹿児島側でも栗を育てるひとは多いらしい。
“ やまえ栗 ” に劣らず “ 霧島栗 ” も上等な栗であることには変わりないだろう。
包みを開けて栗を手にとってみた。
鬼皮に艶があって、ふっくらと丸く、重い。
立派な栗だ。
さすがに蛙の親は蛙で、植物を育む才に長けておられるんだろう。
結陽ちゃんのお陰で、思わぬモノに出逢えた。
感謝です。

鹿児島のおとうさん、ありがとうございます、そして、改めましておめでとうございます。

 

カテゴリー:   パーマリンク