六百九十八話 鉄のゲージツ家

今月のなかばに逝かれた。
「鉄のゲージツ家 」篠原 勝之さん。
もっとも晩年は、鉄から土に替えられ作陶家として活動されていたらしい。
浅草の隅田川岸に在った KUMA’s FACTORY の工房でお逢いしたのは一九八〇年代の終り頃だった。
双方の知人であった絵描きの紹介で、仕事をご一緒させていただくことに。
クマさんの愛称で、当時「笑っていいとも!」を始め多くの TV 番組に出演されていた有名人。
また、かつて新宿歌舞伎町界隈では玄人の喧嘩師として鳴らしていたという噂も耳にする。
やばいひとじゃなければ良いけど。
まるで鉄工所のような工房の奥から坊主頭の篠原さんが出てこられた。
知られた着流し姿ではなく、作業用のつなぎを着て頭には溶接用の防護マスクを被ったままだ。
「おまえさん、何やってるひと?」
「ファッション屋で、世の中になんの役にも立たないモノ創って飯食ってます」
満面の笑顔で応えられた。
「いいねぇ、そういうの!ところで、これなんかの役に立つと思う?」
眼の前には、錆びた鉄製の巨大オブジェがあった。
「よくわかりませんけど、多分、役には立ちませんね」
「だろ!じゃぁ、おまえさんと俺は同じ土俵にいるってわけだね」
この問答の際には解せなかったが、今ではなんとなく腑に落ちるような気がする。
「皆はなんにでも意味を求めるが、たいてい意味なんかない」
「生きることにも意味はないが、といって早く死ぬこともない」
「ただ生きてるから生きてるんだ」
表題も銘もない作品に対して、解説を求められた篠原さんの答えだ。
ひとは、意味や目的を知ることで安堵し生き甲斐に繋げていく。
それを放棄してただ生きろと言われて生きるには相応の覚悟がいる。
その覚悟を作品を通して問いかけてこられたようにも想う。
産まれて、生きて、最期には死んで土に還る。
本質は、ただそれだけ。
篠原勝之作品は、滅びの美学への探究だったのかもしれない。
ほんとうに良くしてもらって、やさしい方だったが、一方で厳しい方だったような気もする。
不思議な魅力を纏った唯一無二の存在だった。
漂えど沈まなかった「ゲージツ家」篠原勝之さん。

ありがとうございました。向こうでカツさんによろしく!さようなら!

 

 

 

 

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