五百九十五話 寿司屋の勘定

義父の祥月命日。
菩提寺での法要を終えて、明石の商店街をぶらつく。
祥月のこの日は、故人が好んだものを口にするようにしている。
遠州人気質そのままだった義父の嗜好は、いたって単純でわかりやすい。
まぁ、鰻にするか、寿司にするかだろうな。
三宮まで出向き、生前贔屓にしていた店屋を訪ねたいところだが、この寒空の下面倒臭い。
近場で済まそう。
魚の棚商店街は、菩提寺から海に向かってほど近い東西に軒を連ねる通りだ。
明石城築城の際、宮本武蔵の町割によって整備されたというから、その歴史は古い。
近隣客だけでなく、観光客も多く、昔ほどではないにせよ今でも賑わっている。
さて、鰻屋なら “ 黒谷 ” で、寿司屋なら “ 希凛 ” だな。
どちらも、名店で、人気も高い。
法要後、住職との世間話の盛上がり次第でどうなるかわからないので予約はしていない。
まずは、鰻屋から。
川魚店も営んでいる “ 黒谷 ” の鰻は、捌きも焼きも絶妙で旨い。
しかし、入口に “ 本日満席です ” の貼紙。
次に、寿司屋に。
“ 希凛 ” は、寿司屋激戦区の地元にあって新参であるものの、昨今では有名老舗店を凌ぐ勢いだ。
同じ屋号で、隣合わせに二店舗を営んでいる。
本店を覗く。
「ごめんなさい、満席なんです、隣で訊いてもらえますか?」
店主の指図通り、駄目元で隣へ。
「あぁ、ちょっと今日はぁ、いや、三〇分ほど時間をいただけるようでしたらなんとか」
「助かるわぁ!じゃぁ、空いたら携帯に電話してよ、急がなくていいよ、どうせ暇だから」
そんなこんなで、“ 希凛 ” で寿司をつまめる事に。
“ 希凛 ” は、基本お勧めで供される。
鯛、〆鯖、平貝、太刀魚、蛸、鰤、鮪、鰆、平目、蒸し穴子、焼き穴子と続く。
いつもながら、どれも粋な仕立てで魅せてくれる。
「いやぁ〜、美味かった!空いてくれてよかったわぁ」
と、隣の客が、付け台越に訊いた。
「おい、いつもより一貫多くないか?」
職人が返す。
「なに言ってんですかぁ!そんなはずありませんよ!ちゃんと一〇貫数えてますから」
「もう一遍数えてみなよ」
伝票を最初から順に数えていく。
「鯛、〆鯖、……………………… 蒸し穴子で一〇貫と、あれ?それに焼き穴子で、あれ?なんで?」
「ほ〜ら、十一貫だろ? やらかしたな」
「えっ!なんで?」
「なんで?なんで?って、だから、やらかしたんだよ、おめえが」
「この件は、隣の店にいる親方には内緒でお願いします」
まるで、五代目古今亭 志ん生 の “ 時蕎麦 ” だ。
結局、客全員が寿司一貫を得して、店屋が損をするという “ 下げ ” となる。
もし、この場に義父が居たとする。
間違いなく、勘定に幾許かの銭を上乗せして支払ったに違いない。
命日だから、義父の真似事をしても良いようなもんなのだが、どうもそういった事が似合わない。

なので、ご馳走さん!こいつは、明けから縁起がいいや!

 

 

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