五百八十六話 夏の終わりに、真っ白な “ T-SHIRT ” を

何を撮りたかったかと言うと、海辺の家の庭に居座る櫻でも、僕でもありません。
この真っ白な “ T-SHIRTS ” です。

櫻の葉もところどころ色づいて落ち始めたものの、残暑は衰えず暑い日が続いている。
そんななか、数枚の T-SHIRTS が届く。
誰?
送り主からのメールが届いていて、その名前で驚き、内容を一読してさらに驚いた。
Musee du Dragon の顧客様からだった。
大学生の頃に彼女と来店され、その後、卒業、就職、結婚、出産、育児へと。
その間ずっと、おふたりで通っていただいた。
そのうち奥様の腕に抱かれたもうおひとりも加わって。
結婚指輪を創らせてもらい、京都鴨川で挙げた結婚式の写真を持って報告に来られたこともあった。
店の幕を引く際には、華道家 “ 東信 ” の作品を、わざわざ東京で注文し手持ちで届けていただく。
その温情に見合う仕事が出来たか否かは疑わしいのだけれど、これは冥利だとずっと想っている。
メールの書き出しには、“ 憶えておられますか? ” の一言があった。
もし忘れていたのであれば、認知症を患ったと諦めてもらう他ないが、まだなんとか大丈夫です。
就職先は、大手の繊維会社で、同じ稼業に進まれたことは知っていた。
メールには、 この度、新しいブランドを立ち上げたとある。
また、そのブランドは、我々夫婦の “ 海辺の家 ” での暮らしが基になっているらしい。
えっ?
いやいや、介護用品じゃないんだから、ポンコツ爺婆の暮らしを映したら駄目だから!
側から短パンに T-SHIRTS 姿の嫁が。
「 嘘でしょ?コッワァァ!ヤッバァァ!」
「泥だらけで庭の煉瓦積みしてる爺の着る服って?それはそれでちょっと見てみたい気もするけど」
「 ウッセェよ!包丁持って魚捌いてる婆の着る服の方が見てみたいわぁ!」
互いに罵り合いながら、届いた箱を開けて、変哲のない無地の T-SHIRTS を取り出す。
サイズ04のホワイトを僕が、サイズ01のブラックを嫁が、それぞれに着てみる。
「うん?この触り良いかも」
多少くたびれているとはいえ、紡績出身の玄人として四〇年近くこの稼業に就いてきた。
この T-SHIRTS が、どれほどにちゃんとしているかは解る。
目線を気にせず言わせてもらえば。
服は、肌に近いほど生理的な欲求を満たす必要に迫られる。
良い原料を、丁寧に適正値で製品に仕上げるまで面倒臭がらず工程を重ねる他ない。
手間と時間を要し、その分製品価格にも影響する。
だから、僕は、“ 安価で良い服 ” という世迷言は信じない。
納期を急かされ、工賃を叩かれ、耐久消費材としての服創りが当たり前となった今。
真っ当な知識を持つデザイナーも、腕のある職人も、生産機械も、この国から消えようとしている。
そんな現状のなか、改めてこの変哲のない T-SHIRTS を眺めてみる。
訊くと、異種交配綿の “ Superior Pima ” を原綿段階で一定期間寝かせることから始めるらしい。
甘く撚って、開反せず染めて仕上げる手法で、この肌合いを実現しているのだそうだ。
創り手の良識と腕前は、一見で判じることは難しいが、モノの価値はそこで決まると思う。
いやぁ〜、掛け値なしに良い仕事だと感心いたしました。
新ブランドの名は、“ LIFiLL ”

ひとりでも多くのひとに共感してもらえるブランドに育つよう祈っております。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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