五百六十八話 WWⅡ Officer Travelers Bag

改築前の海辺の家には、古い作り付けの食器棚があった。
建具屋と家具職人に言って、一旦解体し、扉を外して本棚へと用途を違えて残した。
部屋も、食堂ではなく、ちいさな図書室として使うことにする。
食器棚には、長年暮らしの中でついた傷跡が多くあって、それらを遺してくれるように伝えた。
なのに、職人は、鉋をかけて綺麗に仕上げてしまった。
「ほら、ご主人、見違えるようになりましたやろ」
「やめないかぁ!いらない仕事をするんじゃぁないよ!言うこと聞けよ!」
と言ったものの、今更もうどうしようもない。
まぁ、職人に悪気はなく、施主のためを想って腕を振るったのだから、諦めるほかない。
想い返せば、稼業に就いていた間も、こんな悶着の繰り返しを果てしなく続けてきた。
我々のもの創りは、多くの工程を経て成り立っていて、その工程の数だけ職人が携っている。
発案者は、狙いや意図や想いを彼等に伝え、共有し、ものとして具現化していく。
絵を描き、文字で伝え、背景にある画像を提示し、あらゆる術を駆使して仕様書を補う。
伝わらないものを、伝えられるまで、執拗に諦めずにやる。
お陰で、僕の顔を見るだけで吐気を催すといったひとも、業界にはまだおられると思う。
だが、それだけやっても満足のいくことは滅多にない。
もの創りとは、かように労多く報いの少ない行為である。
先日、後藤惠一郎さんから鞄を贈っていただいた。

“ WWⅡ Officer Travelers Bag ”

一九四〇年代、米軍士官が、作戦要綱に関わる命令書や報告書を収めるために支給された鞄である。
実物を二度か三度手にしたことがあるが、これは半端なく再現されている。
限られた数しか支給されておらず、今では蒐集家の間でもかなり希少らしい。
なにがどうというレベルじゃなくて、これはやばいわぁ!
ちゃちな中古加工など施さない堂々の新品なのに、この圧倒的な Nostalgia 感は凄い!
VILLAGE WORKS の工房で製作されたのだろうが、発案者は後藤さん御自身に違いない。
多分実物を目にしたことがない職人の方に、 これやっとけ!的な話だったんじゃあないかなぁ。
だとすると、工房内は、ひとつの意思で完璧に統べられているのだと思う。
これはもう魔法の域に近い。
後藤惠一郎さんも VILLAGE WORKS も長い付合いだからよく知っている。
よく知っているけれど、根っこの部分で解らないところがいまだにある。
それは、工房全体が、一体の生き物のように稼働し製品を産む仕組みがどうしても理解できない。
“ 不思議の国の惠一郎 ” と、陰ではそう呼んでいる。

ありがとうございました、大切に使わせていただきます。っていうか、飾っときます。

 

 

 

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