五百三十三話 傷跡

一九五〇年頃の木造家屋は、そのほとんどが布基礎を土台として建てられた。
布基礎は、建物の壁に沿ってコンクリートを打って造る。
なので、床を捲れば、下には土の地面が覗く。
海辺の家も、そういう具合になっている。
基礎の補強もあって、床材を剥がして床下を確認した。
現場監督、家曳屋、建築家、施主、その場に居た皆が顔を合わせて。
「見た?」
「見たよね?」
幅一〇センチ長さが二メートルほどだろうか、地面に亀裂が走っている。
深さは、相当に深く実際にはどれくらいなのか?見当がつかない。
「これが傾きの原因かぁ、怖ぁ!」
「しかし、よくまぁ、ご両親もご無事で」
地面がこれだけの始末なのに、建屋自体には、傾いているものの構造上大きな問題はなさそうだ。
木と土で建てられた古屋も馬鹿にしたものではない。
結果として家人を守ったんだから。
それにしも、この辺りの硬い地盤を裂くとは、地震の怖さを改めて知る。

そして、今も国道沿いに遺る地震の遺構が思い浮んだ。
そりゃぁ、高速道路の橋脚を捻じ切るほどだから、もう何をやっても無駄のような気もするけれど。
そんな諦めの境地でいたのに。
「こうやって、見ちゃったらしょうがないよねぇ」
「布基礎のコンクリートを打替えて補強するつもりだったけど、見ちゃったらそうもいかない」
「えっ?そうもいかないって?じゃぁ、どうすんの?」
「硬い地盤まで杭を打って、ベタ基礎に変更して、衝撃を強固な面で受ける方向でやるかぁ」
「いやいや、それってもはや補強じゃないだろ?新たな基礎をってはなしじゃないの?」
「そんなの誰が銭払うの?」
「それは、もうご主人が」
「阿保かぁ!」
「いや、うちはもともと基礎屋出身だから、この手の仕事には良い腕してっから」
「そういうはなししてんじゃないだろう!銭をどうするんだって言ってんだよ!」
「だからぁ、それは、ご主人が」
建築家の先生に訊く。
「先生の見解はどうなの?」
「まぁね、お金は持って死ねないから」
「うるせぇよ!」

ほんと、見なきゃ良かった。

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