四百六十三話 夏の終わりに

夏の間ずっと騒がしかった海の家もすっかり片付けられて。
浜が、地元湘南人の暮らしへと戻ってくる。
波乗りに、犬の散歩に、爺いの徘徊にと。
過ごし方はひとそれぞれだが、住人にとってはなくてはならない浜なんだろう。
僕は、夏の初めと終わりにこの浜が好きで来る。
由比ヶ浜は、ほんとうに良い浜だと想う。
さて、そろそろ晩飯時かな。
MANNA へ。
由比ヶ浜には、数件知った飯屋があるけれど。
伝説のおんな料理人 原優子さんの皿はどうしても外せない。
浜から江ノ電駅に向かって七分ほど住宅街を抜けて歩く。
途中、立派な構えの蕎麦屋が一軒在って。
垣根越しに蕎麦屋の広い庭を覗くと。
庭先の卓をふたりの爺いが囲んでいる。
ふたりとも八〇歳くらいだろうか?
とにかく髭面の日焼けした年寄りである。
麻の白シャツに短パン姿でむっつりと向き合って酒を飲んでいる。
卓には、バケツほどもある銀製のアイスペールに山盛りの氷が積まれていて。
そこには、値の張りそうなシャンパンが二瓶突き刺してあって。
どうやら、ふたり別々の銘柄をそれぞれに手酌で注いでいるらしい。
夏の終わりの夕暮れに潮風にあたりながらシャンパンを煽って、〆に蕎麦を啜るって趣向かぁ?
早よ死ね!
だけど、そういう格好が嫌味なく板についていて、見事に粋な風情を漂わせている。
銀座や北新地辺りの無理と無駄を重ねた贅沢なぞ寄せつけない余裕と貫禄だろう。
あぁ、おとこもこうなると上等だよなぁ。
おそらく、このふたりの爺いは由比ヶ浜の住人に違いない。
蕎麦屋の垣根越しにではあったが、この海辺の街が継いできた底堅い格を見たような気がした。

そして、近い将来このふたりの爺いも由比ヶ浜の波打ち際を徘徊するのかもしれない。

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