四百四十八話 永遠に訪れない明日

海辺の家で、暇にしている。
そこで、若いのを呼び、藤棚の下で茶会でも催してみようかと思う。
だが、茶道具はことごとく始末したので、茶道に倣った会は無理だ。
そもそも、面白くもない。
じゃぁ、英国流に Tea Party なんかを気取ってみるのはどうだろう?
思いついたのが。
” A Mad Tea-Party ”
狂ったお茶会?
ご存知の方も多いだろうが、敢えてちょっと語らせていただく。
一八六五年、英国の変態数学者が不思議な妄想文学を発表した。
” Lewis Carrol ”
作家としてそう名のった数学者は、この物語の出版によって爆発的な成功を収めることになる。
” Alice’s Adventures in Wanderland ”
邦題 「不思議の国のアリス」で、「鏡の国のアリス」へと続く一連の作品である。
「狂ったお茶会」は、作品内の一章に時間が止まったまま終わらないお茶会として描かれている。

また物語には、奇妙な料理が数多く登場する。
この奇妙な料理を真剣に研究し一冊の料理解説本としてし世に出したおとこがいるらしい。
表題は ” Alice’s Cook Book ” 著者は John Fisher というBBC の放送作家なのだそうだ。
日本でも「アリスの国の不思議なお料理」の邦題で、一九七八年に刊行されている。
訳者は、開高道子さんで、男なら誰しも一度は憧れるあの開高健先生のお嬢さんだ。
暇は暇なのだけれど、すべての料理を試しているほどではないし、そこまでの興味もない。
要は、英国流のいかれた雰囲気を味わえればそれで良いのだから。
それに、味覚障害の英国人が妄想した料理なのだから旨いわけはない。
なので、無難そうなのを三つほど選んでみた。
” Looking-Glass Milk ” 鏡の国のミルク
” The Mad Hatter’s Doughnuts ” 気違い帽子屋のドーナツ
” Jam Tomorrow ” 永遠にもらえないジャム
この三品だ。
この三品目の「永遠にもらえないジャム」というのが面白い。
Lewis Carrol は小児性愛者だったとも聞くが、数学者としては図抜けていたらしい。
そのロリコン数学者らしい逸品がこのジャムだ。
女王がアリスに、雇用条件として週 2Pence の手当と一日おきのジャムを提示する。
アリスは、今日はジャムは欲しくないからと女王の誘いを断ったのだが。
女王は、欲しくても欲しくなくてもジャムはもらえないのだと告げる。
その理由は?
ジャムは明日と昨日にはもらえるが、今日は絶対にジャムはもらえない規則だから。
しかし、いつかは今日のジャムになるはずだとアリスは反論する。
その反論についての女王の答えは?
「いいえ、そうはならない」
「ジャムは一日おきですからね」
「今日だと、一日おいてないでしょうに」
まさに、数学的時制の罠である。
明日が来るといえば来るし、来ないといえば永遠に来ない。
明日は来たと思った瞬間、明日ではなく今日になってしまうのだ。
馬鹿げてはいるが、考えさせられもする。

俺逹に明日はない?

 

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