四百三十話 節分に

難解なものを贈っていただいた。
銘もない、箱書きもない。
だけど、誰の作陶によるものなのかは一目でわかった。
濱中史朗氏
萩の銘窯 “ 大屋窯 ” を継いだ陶芸家であり、roar 濱中三朗君の弟さんでもある。
訊くところによると。
国内に留まることなく、Milano・Paris・New York など海外へとその評価は高まっているらしい。
一〇年ほど前に巴里でお逢いしたあの繊細そうで無口な若い陶芸家が、今ではそうなのだと知る。
布で巻いて納められた酒器には、兄貴である濱中君の手紙が添えられていて。
“落着かれたら、これで酒でも一献 ”
暮しのなかで用いられる酒器なのだから、端的に “ 用の美 ” と評してしまえばそれまでなのだが。
この酒器は、もっと無形無類の美しさを宿しているような気がする。
石から成る磁器、土から成る陶器、鉄から成る鋳物。
そういった境目を超えて、石のようでも土のようでも鉄のようでもある。
濱中君は、Musée du Dragon に因んで “ 龍の背 ” のようなと説いてくれたけれど。
静謐にして精緻な個性が間違いなくここにある。
一方で、この酒器を萩焼として定めることに躊躇される識者は多いのではないかと思う。
窯元の所在や陶土の出自や陶法の掟など。
萩の七化けも、文禄慶長より育んできた窯元の大事だということも承知している。
だけど、ほんとうに継ぐべき大事とはなにか?
ここに同じく、銘もない、箱書きもない茶器がある。
陶工から父親が譲られた品で、手放さずにこうしてある。

一〇代 三輪休雪の作陶によるのだと父から聞いている。
手の中にあって、今にも崩れそうな風情が漂う。
所詮いかなる器も、土に産まれ土に帰るのだという理を刹那に悟らせてくれる。
それは、ひとにも通ずる儚さの美学なのかもしれない。
無知を承知で言わしてもらえるなら。
この儚さこそが大事なのだと思う。
石にせよ、土にせよ。
濱中史朗氏の酒器には、そういった儚さが映されている。
萩に産まれ、萩に育った陶芸家の作なのだと頷くほかない。
格子を越えて伸びる冬陽のなかに。
昭和の名陶工と平成の名陶工が作陶した器を置く。
今日は、節分。
枝付きの豆殻と柊の葉を添えて。
平成の暮しにも美はあるのだと知る。
濱中三朗君、心から感謝です。
でも、この酒器ほんとに手放しても良いの?
悪いけど返さないよ。

俺自身が土に帰るとき抱いていくつもりだから。

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