四百十話 最初で最期の BROGUE BELT

年が明けて、二◯一六年一月三一日には Musée du Dragon を終えるつもりにしている。
僕的には、稼業に区切りをつけるだけで特別になにかの感慨を抱いているわけでもない。
だから、淡々と普段どおりに仕事をしてなにも変わらぬまま幕を引きたいと思う。
ただ、こんな奇妙で気難しい服屋を理解し支えてくださった方々には感謝という言葉以外ない。
まぁ、信じてもらえないかもしれないがほんとうにそう思っている。
Authentic Shoe & Co. の竹ヶ原敏之介君もそのひとりだ。
英国での仕事を終えて帰国した直後からの付合いで。
Authentic Shoe & C0. という会社も foot the coacher というブランドも存在していなかった。
竹ヶ原敏之介の名で靴創りを始めたばかりの頃だった。
あれから一七年ほど経った今。
本人にそういった自覚があるのかどうかは知らないけれど。
日本の製靴業界を牽引している職人は竹ヶ原だと聞こえてくるまでになった。
国内だけでなく。
英 Northampton Museum and Art Galley 永久所蔵に始まり、仏、伊など海外での評価も高い。
俗な言いようになるが、功を成したということになるのだろう。
だが、長い年月竹ヶ原君が創るモノと真剣に向き合ってきて想うことがある。
いったい何人のひとが彼の心情を理解しているのだろうか?
それは、世間的な成功失敗の尺度で測るのとはまるで違う。
竹ヶ原敏之介という人間はどこか歪んでいる。
その歪みを自覚し矯正しようと足掻くのだが、歪みはさらに込み入って迷宮化していく。
その歪みとの格闘が創造の源泉であり魅力でもあるのだが。
歪みの実態は、相反する事象をひとつの作品として統べることにあるのだが。
出来上がったモノからそれを読み解くのは容易ではない。
喩えば。
禁欲という枷を嵌められた装飾は実存しうるのか?
装飾とは、装い飾るという視覚的欲求に他ならない。
禁欲とは、理性を頼みとした欲求の否定だろう。
禁欲的でありながら装飾的であるという表現は似非なのだろうか?
竹ヶ原君と Musée du Dragon で最期になにかやろうとなって。
それならば、この問答を自分なりに解いてみようと考えた。
Scotland 地方の農民が湿地で履く靴には、小さな穴が空いている。
湿気や泥水を発散させるためだったらしい。
この製法が英国に渡り機能から装飾へと転化し、独特の穴飾りが生まれた。
所謂 Brogue Shoes である。
この土着から発生した装飾を用いながら貴族的で禁欲的風情を纏ったベルトはできないものか?
答えがこのベルトです。
まだ修正が必要ですが、僕としては正解だと考えています。
竹ヶ原君と長い間 Musée du Dragon を理解し支えてくれた職人の火神政博君が創ってくれた。
北米屈指のタンナー Horween 工房が鞣した Beaufort Havana 。
通常の Horween Leather から脂を四分の一に抑えた Authentic Shoe & Co. 特注皮革らしい。
品格のある銀面で乾いた感じが独特で良い。
三◯ミリ幅の帯の両端には、大小の穴飾りが施されてあるが Brogue にありがちな諄さは微塵もない。
まさに禁欲的ですらある。
意外なことに。
一七年間、竹ヶ原君に Musée du Dragon として何かを創ってくれと依頼したことは一度としてない。
なので、この Brogue Belt が最初にして最期ということになる。
黒色と茶色があって、黒には銀色の茶には金色のバックルが装着される。
もちろんバックルも Authentic Shoe & Co. 製で。
発売は一二月になると思うけど。

竹ヶ原君、引退したら互いに立場を離れて飯喰えるから。
あんたにぴったりの旨い飯屋に案内するよ。
暗闇だけど。
火神君にもとんでもない手間を懸けさせたね、アリガトゥね。

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