四百七話 垢抜けないパン屋

海辺の家から五分ほど坂を下ると駅に着く。
JR西日本と山陽電鉄の駅舎が隣合わせでくっつくように在って。
二本の線路と並んで通された国道を南に渡るともう海である。
そんな奴もいないと思うが、国道と駅は水着でうろつけるくらいに近い。
それでも、たいして広くもなかった浜辺を埋立て広げて土地を稼ぐ。
そこへ、なんの用も為さないアウトレット・パークなど新奇な商業施設等が建つようになった。
駅には西側と東側とに改札口が設けられており、それぞれの改札北側にも大型商業施設が在る。
昔ながらの地元商店はもうないのか?
それが意外にも、大型商業施設の間を繋ぐように東西南北の通りに沿って残っている。
さらに意外なことに、それなりの繁盛を遂げていて。
うら淋しいといった感はない。
この “ 陸ノマル井パン ” もそんな店屋の一軒である。
嫁の物心が付く頃にはすでにあったらしいので、半世紀近くにはなるのかもしれない。
一六時間乳酸発酵させてつくられる天然仕込みの食パンは、地元でも旨いと評されている。
海辺の家での朝食にも時々登場することがあって、癖がなく普通に美味しい。
そんな癖がなくて普通に美味しいマル井パンなのだが。
いつの頃からか季節毎に限定商品を発売するようになった。
この季節限定商品は、相当に面妖で奇抜な曲者である。
夏には漬物ドックなるものが店先に並ぶ。
“ 今年も熱いご要望にお答えして ”
“ お答え ” じゃなくて “ お応え ” なんだろうがそれはまだ良い。
問題はその正体だ。
見て呉れは 緑色のホットドックで、挟まっているはずのソーセージが漬物になっている。
僕は食べていないが、食った嫁の話によると。
“ 次はないなぁ ” ということらしい。
だけど熱いご要望があるのだから、ひとによるのかもしれない。
ただ、どっからどう見ても垢抜けない食物だろう。
それは、この街の有り様にも通ずるところがあるような気がする。
近くに英国人居留区もあり、瀟洒な洋館も立並び、西洋的風情には事欠かなかったはずなのだが。
実際にはどこか垢抜けない。
ソーセージと胡瓜の一本漬けは、大きさや形状は似ているが色も味も原料もまるで違う。
この洋の東西を違えた食物を、無理矢理にでもくっつけしまおうという発想が この街にはある。
結果、その無茶苦茶な発想はしっくり来ない垢抜けない風土を産む。
その垢抜けない様を、好むか嫌うかはひとそれぞれなんだろうけれど。
僕は、結構気に入っている。
見てくれの格好良さを追う稼業を長く続けてきたからなのかもしれない。
いづれにしても、週に一度この垢抜けなさに浸るとホッとする。
ところで、“ 陸ノマル井パン ” から秋の限定商品が発売されるらしいです。
その正体は?

鳴門金時を丸ごとパンで包んだその名も “ 鳴門きんと君 ” です。
ご期待ください。

 

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