三百七十一話  THE CLIMAX COAT をどうするか?

Musee du Dragon として創る最後の服をどうするか?
そのスケッチを描いてみた。
アイテムは、ずいぶん以前からコートと決めている。
丈の短いアイテムは、創り甲斐がないのでやらない。
コートはコートなのだが。
Trench Coat ? Mods Coat ? Pea Coat ? ……………………?
そういや、ゆるいデザイナーが流行らせている Tielocken Coat なんてのもある。
だが、どれも軍装から転じたもので、たいした仕立技術を要するものではない。
そうすると、やはり Chesterfield Coat か?
それも細身の小洒落た感じじゃなくて、ちょっとあか抜けない外套らしい外套でありたい。
気取らずに、さらっとラフに Chesterfield Coat を羽織る。
これこそが、紳士服の醍醐味だろう。
最高の生地、完璧な仕立技術を整えなければならない。
そして、肝心のモデリストは誰に託すのか?
この際、俺が身を引くのをこの世で一番喜びそうな奴が良いかもしれない。
これで、いちいち煩いことを言われずに、伸び伸びと暮らせるとその時を心待ちにしてきた奴。
そんなおとこは、ひとりしかいない。
ANSNAM の中野靖だ。
「なぁ、最後にシングル・ブレストの Chesterfield Coat を創りたいんだけど頼めるか?」
「ふ〜ん」
「ふ〜んって、なんか言うことないのかよ?ご苦労様でした的な、お世話になりました的な」
「そういうの普通あるもんだろうがぁ!」
「えっ?言って欲しいんですか?」
「いいよ!期待した俺が馬鹿だったよ!それで、やるのかやらねぇのかどっちなんだよ?」
「まぁ、いいですよ、ただシングル・ブレストって、分かってるようで分かってませんよねぇ」
「てめぇ、どっから目線なんだよ!」
中野靖先生曰く。
今回創る外套の魅力は、前をはだけた際の量感と揺れが肝で、その一点を狙う。
シングル・ブレストでは、その量感表現に乏しい。
なので、ダブル・ブレストを選択すべきだ。
「で、素材はやはりカシミヤ・メルトンですか?」
「いや、綿布でやりたい」
「あんたの言う量感と揺れを担保できる綿布を織るしかない」
「またぁ、無茶なことを、そんなことばっかり言ってるから他人に嫌われるんですよ」
「でも、ありますよ、これ」
伊 Cerruti 社に依頼したという。
超高密度に織られた綿布を、さらに強縮絨する。
両面起毛が施されていて、まるでスェードのような滑らかな風合いと充分な量感を持っている。
見事という他なく、たぶんこの織物を国内の機屋で挑んでも敵わないだろうと思う。
「凄ぇなぁ、これが Cerruti 社の底力かぁ」
「値も張りますけど、他ではどうにも出来ませんよねぇ」
「でも、これって、自分のコレクション用に仕込んだんだろ?良いのかよ?」
「良いですよ、最後なんでしょ?」
「いや、それは、まだわかんないけど」
「ええっ!じゃぁ、今までの話はなんだったんですかぁ?」
「 まぁ、そのつもりと覚悟でっていうことなんだろうなぁ、多分」
「多分って?いい加減にしてくださいよ!なんか、損した気分ですよ」

The Climax Coat ? ご予約など詳しいことは Musee du Dragon 店頭で。

 

 

 

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