二十四話 後藤惠一郎という男

東京に大切に付き合わせて戴いている人がいる。
世間では、この人の事をあれこれ云う人間も多い。
しかし、面と向かって同じ台詞を吐くには、ちょっとした度胸と覚悟がいる。
腕っ節も強いし、頭も切れる。
腕っ節の方は、格闘技の協会長を務められるほどに通じている。
頭の方は、一介の職人仕事を一事業にまで押し上げるだけの才に恵まれている。
そして、よく稼ぎ、また、よく使い、結果宵越しの金を持つことはない。
酒は、一滴も飲まない。
博打は、一通り精通し、恐ろしく強いが、自身は一切打たない。
女は? よく知らないし、言えない。
が、どちらにせよ、女を泣かせるような真似はあり得ない。
男でも女でも、相手に泣かれると、呆気なく折れる。
家族を自身の命より大事とされている。
昭和という時代が、良しとした男の姿である。
僕は、こういう人が我が身の近くにいる事を、本当に嬉しく思っている。
もう、長いお付合いになる。
よく、明け方までいろんな話をした。
歳も上だし、生き方も、性格も異なるのに何故?
馬が合ったとしか言いようがない。
この人とは、仕事はするが、商売はしない。
商売となると、駆け引きが生じる。
やっても、どうせ勝てないし、勝ったところで、なんの得もない。
互いに気に入ったものだけを作る。
どちらかが嫌いなものは、一切やらない。
お互いの看板を外して仕事をするので、出来上がったものに名は入れない。
単純で明快な方針が、十数年変わらず続いている。
そして、これからも変わらないだろう。
先日、贈りものが届いた。
封を解くと、革の書類入れがあった。
ふと、想う。
いつの頃から、ビニール・ファイルに書類を入れて、持ち歩くようになったんだろう。
ビニール・ファイルに、ナイロンバック、確かに軽くて便利だ。
しかし、中身も外身も軽く見える。
この一品、この人らしい“ ANTITHESIS ”だと思った。
いつも、お心遣い感謝いたします。
大切に使わせて頂きます。
最後に、後藤惠一郎という男。
こういう男が、生き難い時代や国の有り様は、ロクでもないと思いますよ。

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