四十二話 異端の迷宮

我々ファッション屋は、およそ一般の人には理解出来ない稼業でもある。
真夏の暑い時に冬に着るものを売り、真冬の寒い時に夏に着るものを売る。
季節の先取りと言うには度を超えているが、この業界では当然とされている。
だが、こういった業界の了解事項を全く意に介さない男もいる。
夏に涼しい服を売り、冬に暖かい服を売る。
ある意味において、常識をわきまえている。
この業界の異端者は、中野靖という。
ANSNAM のデザイナーである。
もう、十月にもなろうかというこの時期。
ANSNAM 2011-2012 FALL & WINTER COLLECTION は、何処へ?
販売するに難しいマニアックな服を、販売するに難しい時期にショップに納める。
見上げた度胸だ。
そして、僕にとって不幸な事がある。
Musée du Dragon には、この異端者の服を心待ちにされている顧客が多勢おられる。
さらに悪い事に、この方々は、かなり服というものに通じておられる。
したがって、他の何かでという訳にはいかない。
何で、俺が、こんな危ない橋を、毎度毎度、渡らなくちゃならないんだ。
そこで、中野君に尋ねた。
⎡もうちょっとで良いから、何かこう、こなれた感じの仕事になんないかなぁ。⎦
⎡何言ってんですか、この巾の狭いところでの服造りが難しいんじゃないですか。⎦
⎡だから、その事を言ってんだよ。何とかなんないのかって。⎦
理由は今ひとつ解せないが、何ともならないらしい。
今度は、御客様に尋ねた。
⎡この服ですけど、外見的に良さが解り難くないですか?⎦
⎡何言ってんですか、そこが良いんじゃないですか。⎦
⎡あっ、そうですか。ちょっと色々と厄介なんですけどねぇ。⎦
駄目だ。
異端のデザイナーと異端の顧客様。
完全に板挟み状態だ。

“ 異端の LABYRINTH ( 迷宮 ) ” は、抜け出せそうにない。

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