四十七話 取扱い説明書

ANSNAM 2012 Spring & Summer Collection.

芝浦の運河沿いのビル。
エレベーターで五階に昇り、部屋番号を確かめて入る。
大きな窓から、ウォーター・フロントが一望出来る。
えらく、小洒落た場所じゃないか。
デザイナーの中野靖君が居た。
⎡あっ、どうもで~す。⎦
⎡此処、すぐ分かりましたかぁ?⎦
⎡分かんねぇよ。⎦
いつも、彼は隠れ家のような場所でコレクションを披露する。
人に見られるのが嫌なのかぁ?
⎡ところで、場所といい、格好といい、妙に小洒落てどうしたの?⎦
この日の中野君、珍しくスリー・タックのクロップド・パンツなんか穿いている。
⎡宗旨替えかぁ? それとも、三十半ばで色気づいちゃったの?⎦
⎡何て事言うんですか? 僕だってたまにはお洒落しますよ。⎦
⎡どうでも良いけど、ちゃんと出来てる?⎦
来シーズンには、Navy Blazer が欲しいと頼んでおいたんだけど。
⎡目の前にあるじゃないですか?⎦
エンブレムは? パッチ・ポケットは? 襟の段返りは?
ALTOGETHER NOTHING ! ! !
⎡これって、Blazer ? エンブレムは?⎦
⎡付いてるじゃないですか。ボタンに。⎦
えっ、何処に?
エンブレムがボタンの大きさにくり抜かれて、真鍮の台に据えてある。
要は、ボタンの頭部がエンブレムになっていると言いたいらしい。
あんた、いい加減にしなさいよ。
どんだけ分かりづらいんだ。
誰か、“ 取り説 ” 持って来てくれ。
⎡Blazerといえば、二つボタンでしょう。⎦
あんまり聞かない話だけど、そうなの? なので、襟の段は返さないらしい。
もう、パッチ・ポケットについては訊かなかった。
しかし、屈折した発想は別として、服としては巧く出来ている。
異才、中野靖が提案する “ Full Hand Made Cotton Navy Blazer ”。
全うな “ CLOTHING ” とは、斯くありたいもんだよなぁ。
皆さん、ご期待下さい。
ホント、大したもんですよ。
あんまり、本人には、言いたかないですけど。
そして他にも、奇天烈なアイテムが幾つかあります。
こちらも宜しくです。
異才、奇才、僕天才。
ANSNAM、中野靖でした。

出来れば、この男自身の取扱い説明書が欲しい。

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