七十五話 助っ人

⎡先生、ひとつお願ぇいたしやす⎦
地回りの親分が声をかけると流離の浪人が現れる。
そんな感じの職人が、Musée du Dragon のまわりには幾人かいる。
腕の立つ馴染みの職人達。
彼等がいるから、店屋として他所とはひと味違った表現ができる。
辻一巧君も頼みのひとりである。
気難しい男だが、彫金師としての腕は確かだ。
そこで、⎡Kujira 財布⎦に付く ファスナーの引手を依頼することにした。
もちろん、そのままでも全然結構。
結構なんだけど、世の中には目に見えないような細かい所に拘る人がいる。
特に男には多い。
幸か不幸か、うちの顧客様となるとさらに多い。
もう、ほとんどかも。
せっかくの⎡ Kujira 財布 ⎦用心するに超したことはない。
一巧先生が、空っ風に吹かれてやって来た。
⎡俺に引手だけを拵えろだとぉ?⎦
⎡そこを先生、なんとかひとつ宜しくお願ぇしやす⎦
⎡手間賃弾みますんで⎦
実際には、ちっとも弾まないんだけど。
⎡奥方には内緒で、こっちの方もいい娘を見繕いますんで⎦
見繕うも何も、手前がすっかり手詰まりになって久しい。
⎡適当にパパッと、何でも結構なんで⎦
⎡昔の馴染みに免じて、よしここはってな感じでひとつ⎦
なんだかんだの末に受けてくれた。
話が決まったので、いろいろと注文を出す。
⎡まず、裏表どちらに寝かしても財布に干渉しないように注意してね⎦
⎡それと、摘んだ時に親指のあたりが表と裏で変わらないようにね⎦
⎡折角フル・ハンドで創るんだから、キャストでは不可能な手法が良いんじゃない?⎦
⎡色鋼製法なんか御客さんも喜ぶんじゃないかなぁ⎦
⎡でもねぇ、財布の方も結構値段頑張ったから、引手が高いと本末転倒だからねぇ⎦
一巧君怒るより呆れている。
⎡蔭山さん、何でも良いってさっき言ったんじゃ⎦
⎡言葉の綾だろう、それは⎦
⎡長い付合いなんだから、もうそろそろ馴れてくんないとぉ⎦
⎡そんな事より、急ぐんだよね⎦
⎡さっきも言ったでしょ、パパッとやってって⎦
待つこと十日あまり。
やっぱり、辻一巧は出来る男である。
職人は、注文主の想像と期待をどれだけ上回るかでその値打ちが決まると思っている。
有難い出来である。
⎡ピタッと嵌るでしょ?⎦
⎡嵌るねぇ~⎦
⎡全く干渉しないでしょ?⎦
⎡しないねぇ~⎦
⎡気持ちよく摘めるでしょ⎦
⎡摘めるねぇ~⎦
⎡銀と真鍮と銅の色鋼、綺麗でしょ?⎦
⎡綺麗だねぇ〜⎦
⎡ところで一巧君、注文されたら僕が付け変えることになるんだけど⎦
⎡けど、何ですかぁ?⎦
⎡簡単に付けれるように、道具作ってよ⎦
専用の道具を製作してくれる。
ほんとに頼りになる。
ところで。
この引手は別売ですが、戴いた代金は全額職人に支払われます。
Musée du Dragonは、取付け作業のみやらせていただきます。

一巧君、これで勘弁してよ。

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