七十八話 歌は世につれ、世は歌につれ。

この眺めが好きだ。
初めて目にしたのは三十四年前になる。
実家にある嫁の自室から眺める海辺の街並。
三十四年も経つと街場の様子も、変わらず同じとはいかない。
それでも、この距離で海に向かう景色はさほど変わらないように想う。
この穏やかな土地で、ロックを信奉しパンクに生きる嫁は育った。
Sex Pistoles の仕掛人 Malcolm McLaren を胡散臭く思ったりはしない。
そして、Vivienne Westwood を好んで身につけていた。
Vivienne と Malcolm のブッティック。
WORLD’S END それ以前は SEDITIONARIES と名告った。
キングスロード 430番地は、パンク・ルックを愛好する者にとっての聖地となる。
なんのこっちゃ解んないよねぇ。
でも中には、一九八〇年代のロンドンを懐かしく思い出す方もおられると思う。
英国ファッション界のカリスマも御年七十歳を越えられたと聞く。
長年にわたる英国産業界への功績により王室より称号が授与された。
ファースト・ネームの前には、男性の “ Sir ”に代わる “ Dame ” が付く。
Dame Vivienne Westwood.
今や、王室や政府をこき下ろしていた反逆者も体制と権威の側にいる。
別に悪い事だとは思わないが、嫁はいつの頃からか Vivienne の服を着なくなった。
やっぱり、この人なりの筋金が入っていると思っていたが。
今朝、ふと訊いてみた。
⎡今、一番お気に入りのアーティストは誰?⎦
きっと、この和やかな朝の空気を切裂く破壊的な答えが告げられると期待していた。
⎡昔はちっとも良いと思わなかったけど⎦
⎡今、ちょっと聴いてみたくなるのは、Frank Sinatra⎦
⎡えぇ~、嘘~、パンク・バージョンじゃなくて?ただの Frank Sinatra?⎦
Sex Pistoles 解散後、Cid Vicious が My Way のパンク版をリリースしたことがある。
⎡そう、普通の Sinatra、やっぱり最後は“ The Voice ”だね⎦
当時、圧倒的な歌唱力から Sinatra は、“ The Voice ”と讃えられた。
いつから、この人はこんな事になっちゃたんだろう?
いくらなんでも、振り巾きつくないですかぁ。
でもなぁ。
世の中も、人も、時とともにうつろいゆく。
それを変節と言ってしまえば、音楽、ファッション、いや文化そのものが成り立たない。

⎡歌は世につれ、世は歌につれ⎦なるほどねぇ~。

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