八十五話 復興の郷土食

東京、青山学院大学西門辺り、ビルを二階へと上がる。
小さいながら評判の新店だ。
“ GANVINO ”
店の灯には⎡岩⎦の一文字が標されている。
この店、シチリア料理の名店 “ Don Ciccio ”から分かれて昨年の七月に開店した。
兄貴がシチリアなんだから、弟分もそうなんだろうと思っていた。
品書きに目を落とす。
⎡ひっつみ⎦とか⎡三陸海鮮冷麺⎦とか書いてある。
⎡お姐さん、ちょっとすいませ~ん⎦
⎡予約して、こうして座って、今更なんだけどぉ、つかぬ事訊いていい?⎦
⎡此処、何の店?⎦
⎡こいつ、軽~く馬鹿だなぁ⎦と思ったろうが、そこは客商売、表には出さない。
⎡お客様、復興食堂ってご存知ですか?⎦
お姐さんの話はこうだ。
“ Don Ciccio ”石川勉シェフと“ Ganvino ”遠藤悟シェフはともに岩手県出身。
同郷の料理人二人は、いつの日か誇れる故郷の味を伝える店を出したいと考えていた。
最中の二〇一一年三月十一日、東日本大震災。
互いの故郷はかつての姿を失う。
ふたりは駆けつけたらしい。
地元大船渡のイタリア料理店“ Porco Rosso ”山崎純シェフとともに炊き出しを始める。
⎡岩手三陸復興食堂⎦という場で。
帰京後、件の店が実現へと動き出す。
岩手の食材を使って料理を提供し、その良さを東京から全国へと広めていく。
故郷で励む生産者への継続的な貢献に繋げるために。
だが、口で言うほど簡単な話ではない。
都心の一等地で店屋を張るには、相応の覚悟と努力があらねばならない。
綺麗事だけで客が来てくれる甘い時代でもない。
悪くすれば、自らの人生も狂う。
だからこそ、尊いのだと想う。
厨房を覗くと、遠藤シェフが腕を奮っておられた。
良い顔をされている。
頑固そうで、我慢を厭わない男の顔。
伝え聞いた東北人気質がそこに見える。
気取りない店だが、⎡岩⎦の一文字に込められた想いは伊達じゃない。
⎡さて、注文でもさせて貰おうかな⎦
まず酒から。
岩手県葛巻町のワイナリーが山葡萄による酒造に挑んだ逸品。
ラベルに⎡星⎦と冠するセイベル種の白ワイン。
岩手県釜石の酒蔵⎡浜千鳥⎦が仕込んだ⎡ともづな⎦
南部杜氏の手による本格米焼酎。
肴は。
佐助豚の焼売
大根ステーキ
岩手の農家が育てた野菜と短角牛、南部鉄器のグリエ
三陸沖で捕れた⎡笠子⎦のAqua Pazza
そして、いよいよ。
塩豚バラと地野菜の⎡ひっつみ⎦
小麦粉を練って固めたものをひっつまんで汁に投入れて作るらしい。
すいとんにも似ているが、食感はニョッキに近いかも知れない。
〆に三陸海鮮冷麺
盛岡冷麺に由来するらしいが、恐る恐る注文した。
僕は冷麺が嫌いなんだけど、贔屓にする客が後を絶たないと聞いたので試すことにした。
先に言っとくけど、絶品です。
中華料理に翡翠麺という点心技法があるが、色合いは似ている。
しかし、錬り込まれているのは、ホウレン草ではなく三陸産の海藻だと言う。
赤味がかった汁は、コクがありさっぱりしていて、苦手な酸味はない。
のせられた甘海老、帆立、雲丹が彩りを添える。
しっかりとした麺を、絶妙の具合に整えられた出汁にくぐらせて食べる。
食べて良かったと思わせる一皿だ。
“ GANVINO ”の料理を通して言うと、
創作料理にありがちな味のばらつきはなく、芯のある味に統べられている。
品書きの印象とは異なり、奇抜さや思いつきめいた皿は一切ない。
地に足が着いた⎡土着の食⎦であり、しかも洗練されている。
帰りがけに、⎡岩手三陸復興食堂⎦での写真を見せて戴いた。
⎡ほら、みんな、この時ばかりは良い笑顔でしょ⎦
厨房から遠藤シェフが顔を覗かせる。
被災地に寄り添わなければと言われる。
でも、その前に被災地を知らなくてはとも思う。
⎡食を通じて土地を伝える⎦
“ GANVINO ”には、美食の域を越えた味がある。
災厄からちょうど一年、北の故郷は復興に向けて歩み始めたと聴く。
癒されない想いを抱きながら、日々目の前に積まれていく難儀に対峙されていると思う。
やむなく故郷を去る人、留まって故郷で生抜こうとする人。
どちらも、軽い足取りで歩める道程ではないかも知れない。
だけど、故郷はひとつ。
昔も、今も、これからも、いつだって同じ地にある。
決して、消えたりなんかしない。
大船渡に、岩手に、東北に、そして故郷に万歳です。

御馳走さまでした。ご武運を心よりお祈りいたします。

東京渋谷区 屋号:Ganvino

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