八十七話 Transformation

僕は、元来モノに拘る方ではないのだが。
譲れないモノも中にはある。
靴、鞄、眼鏡、筆記具辺りがそうなんだけど。
とりあえず、鞄の話でもさせていただこうかな。
僕は、普段、店や事務所に来る時は大体が手ぶらだ。
鞄を持つのは、出張を含めて旅先である事が多い。
宿にトランクを置いて、荷を解いて、手持ちの鞄を取出し身軽に出かける。
では、こういった際の鞄はどういったモノが適当だろうか?
リュックサック、ウェスト・バック、ショルダー・バックとかも良いかもしれない。
でも大抵の場合、この手のアイテムはナイロンか綿布で作られている。
型的にも、素材的にも、スーツにはちょっとねぇ。
旅先で厄介なのは、時々に服種が変わってしまう事にある。
仕事でスーツ、飯屋でブレザー、休日にブルゾンみたいな感じで。
これに合わせて鞄を揃えてとなると、さすがにあり得ない。
あれこれ考えているところへ、後藤恵一郎さんから試作途中の見本が届く。
⎡いやぁ~、ちょっと悩んでまして⎦
へぇ~、この人でも製作に悩んで他人に相談する事があるんだぁ。
持込まれた見本は、ボディ・バック。
申し訳ない事に、先のような全然違う鞄を考えていた最中だった。
さらに申し訳ない事に、最近の傾向として急には頭が切り替わらない。
多分、ボディ・バックをどうしようかって話しなのに。
旅先でどうだとかいう話を散々披露した挙句。
⎡やっぱり嵩張らず、クルクルっと丸めてトランクに突込めて⎦
⎡紙袋みたく簡素な構造で、書類も細々したものも収納出来て⎦
⎡スーツの際には、抱えられるクラッチ・バックみたいになって⎦
後藤さんにとっては、相談した相手もタイミングも最悪だった。
⎡馬鹿野郎、あるもんかそんな鞄、それより俺のボディ・バックどうすんだぁ?⎦
と云いたいところを、馬鹿を相手に怒ってもしょうがないと我慢されたんだろう。
それでも、何かの勘が働かれたのかも知れない。
数日後、ひとつの鞄を仕上げてこられた。
この鞄、一枚の革の脇だけを縫い合わせている。
脇に仕込まれたヌメ革が強度を保ち歪みを防ぐ。
ハンドルは、細く裁断された革を二枚合わせて中央を縫上げる。
途中で接がず一枚の革から切り出すので、五十キロほどの加重にも耐えるという話だ。
何より、この鞄トランスフォームする。
丸まった状態からトート・バックへと。
この状態では、完全に自立し書類もファイルごと納まる。
そして、ハンドルを目玉の中央にある穴から内側に引入れて、ふたつに折ると。
トート・バックから、クラッチ・バックへと変体する。
⎡何だぁ、これ?⎦
ここまでくると、もう発明品だね。
よく見ていくと、そこかしこに細かい工夫が施されている。
微妙な曲線、見えない補強、革厚、手縫いなど。
この工夫を少しでも違えれば、この鞄は成立しないだろう。
この人、頭だけじゃなくて手にも脳味噌詰まってるのかなぁ?
それこそ、TRANSFORMER だね。

棚から牡丹餅、ちゃっかり戴きます。

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