百十七話 あの品を再び

こんな街場の片隅で商っていても。
たま~にびっくりするような大物がやって来られることがある。
たまたまなのか誰かに訊かれたのか。
別に店が大物という訳でも立派という訳でもないので自慢にもならないが。
さすがにグラミー賞のとかアカデミー賞のとか言われると⎡凄ぇ~なぁ⎦と素人感覚で感心する。
まぁ、誰であれ御客様の名前をブログで曝す訳にはいかないけどね。
でも Musée du Dragon でお求め戴いた品をご愛用戴いているとお訊きすると正直に嬉しい。
もう十年くらい前になるかなぁ。
後藤惠一郎さんがある特化された用途に向けて肩掛けの鞄を創られた。
ミュージシャンが楽譜を持運びするための道具。
ご自身も楽器をやられるから細部にまで工夫が行届いている。
創られた楽譜入れがひとりのアーティストの目に留まる。
その演奏で神と称される英国人ギターリストである。
僕も最初この鞄を見た時その特異な構造と素材使いに驚いたのを思いだす。
木造船のキール(竜骨構造)みたいな骨格でかたちが維持されていて。
本体にはボロボロで傷だらけでフニャフニャの黄色い革が 用いられている。
訊けば北米産の野生の鹿革で喧嘩傷や撃たれた痕だという。
黄色いのは鹿革のもともとの色で、染められた訳ではない。
そしてこの鹿革独特の柔らかさがこの鞄の最大の魅力でもある。
傷や穴を差引いても価値がある。
ショルダー・ストラップも不思議な仕様になっている。
両方の先端を三十七センチほど二股に裂いて本体を挟むように左側と右側に四箇所接続する。
一本のショルダー・ストラップから枝分かれした四本の足で本体を吊上げる仕組みだ。
簡素な外観からは想像もつかないとてもよく練られた構造である。
当時良い鞄だとよく褒められたし、よく売れもしたんだけど。
要である鹿革の質が落ちてきて止めた。
あれからだいぶ時が経って今回この革なら創れるんじゃないかという事になる。
“ Yamamoto Glove Leather ”
僕は革について素人だから詳しくは存じ上げないが。
この山本という方は国内タンナーにおいて屈指の腕を持たれているらしい。
とにかく腰がすわっていて驚くほど柔らかい。
以前の鹿革にはちょっとした弱点があった。
もともとが楽譜入れなんだから、角がある堅いものの収納は想定されていなかった。
場合によってだが、四角い箱やペンを入れると角があたった部分が伸びて痕になったりする。
今回は牛革なのでその辺りもいくぶん解消されていると思う。
それに野生故の傷もない。
Musée du Dragon が昔 riri 社に発注した Pink Silver のファスナーを装着して。
いいぞぉ〜、これは。
“ Revival Musician Bag ”
リズム感の良い人も悪い人もひとつよろしくです。

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