百二十六話 Samurai & Knight

いやぁ~、やっと仕上がった。
中世に野鍛冶が騎士の腕輪を創ったらどうなるか?
馬鹿な妄想をした。
Cast (型)は一切使わない。
一齣一齣、無垢材を削り曲げ蝋付けしていく。
駒の数だけ違った表情があり二度と同じモノは創れない。
宝飾デザイナーやアクセサリー・デザイナーの仕事ではない。
なぜかというとデザイン画や図面の類を描いては駄目だ。
デザインそのものを排したい。
銀の塊から感覚を頼りに作品を産む。
観た目に美しいとか洒落てるとか華やかだとかそんな評価は一切いらない。
洋の東西を問わず昔から銀装飾品は護符の意味合いを持つ。
悪魔を祓う武器である。
中世において欧州は貧しく暗黒の時代だった。
戦場に赴く騎士の手首には銀製の鎖が巻かれていた。
チャラい流行もんの装飾品じゃなくて。
一齣一齣丁重に職人が本来の意味を込めて繫いだ鎖が欲しい。
問題は途方も無い手間をかけて地味な鎖を一体誰が創るかだが。
とりあえず僕は嫌だ。
なんたって人生の後半は口先だけで生きて行こうと決めているから。
そこで頭に浮かんだのが辻一巧君。
彼は彫金師ではあるが工業製作的色合いの強い職人でもある。
この話を持込んだ時もカスタム製作の自転車フレームに取組んでいた。
それに何と言っても互いの相性が良い。
一巧君がガキだった頃からの付合いだが、組んで何かやってしくじった事は一度もない。
頑固だがここ一番という時には頼れる職人である。
純銀の鎖をつなぎめ無く見事一本の輪に細工してくれた。
そしてこの腕輪にはもうひとりの職人が係わっている。
山崎金型彫刻の山崎清氏。
大阪の地で僕が産まれる前から刻印製作を生業としておられる。
街場に残る昭和の名工である。
このブレスをよ〜く見てみてください。
表面にちいさな刻印がいくつも刻まれているのがわかると思います。
三ミリ巾の銀材に鮮明な紋を描ける刻印を製作してください。
しかも深く刻める刻印をと注文する。
納めてこられた刻印を見てその精緻な仕事ぶりに驚かされた。
紋様はひとつが桜、もうひとつは薔薇。
桜は日本の武士道を、薔薇は西洋の騎士道をそれぞれに象徴している。
この薔薇の紋章は “ Tudor Rose ”として知られている。
十五世紀英国で、王位継承をめぐって内戦が勃発する。
世に⎡薔薇戦争⎦の名で知られる。
Lancaster 家は赤薔薇を、York 家は白薔薇をそれぞれ紋章としていた。
両家の争いは、Henry VII と Elizabeth との婚姻で終結する。
そして、紅白の薔薇が合わさった新たな紋章が誕生した。
“ Tudor Rose ” である。
騎士道による平和を告げる紋章として今でも愛されている。
失われた東洋と西洋の精神が交錯する一本の Bracelet。
ブランド品でもなんでもないけれど。
男の装飾品って本来こうしたもんじゃないのかなぁ。

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