百三十二話 Le Guide Michelin 星 ✩ ✩ です。

見かけが丈夫ってのも考えもんだ。
具合が悪くってもだぁ〜れも親身になってくれない。
⎡オヤジは兎みたいな生きものでかまって貰えないと弱ってしまう⎦と周りに説いても知らん顔。
いいよもう自分でなんとかするから。
こういう時は同い年の大将が営んでいる料理屋に行くのが良いかもしれない。
そして気楽に旬の旨い飯でも喰って大将とちょっと話でもして気分を治そう。
自宅近く箕面の滝道を登っていくと右手に一軒の料理屋がある。
“一汁二菜 うえの”
箕面国定公園内という不思議な場所に佇む。
こちらは座敷が三つの御店で女将さんが中心となって切盛りされている。
数ヵ月先まで予約が埋まっているし、御亭主は豊中の本店におられるようなので今日はそちらへ。
十年以上経つかなぁ。
見知らぬ飯屋には滅多に入らないのだが、珍しく道沿いに新しくできた料理屋の暖簾をくぐった。
偶然にもカウンターの調理場で当時板前を務められていたのが Musée du Dragon の御客様だった。
そういった縁やなんとなく相性が良かったのも手伝って、
休日の食事から法事・法要のお斎までずっとお世話になっている。
大将の上野法男さんとは年齢が同じという事もあって話も何かと合う。
この大将はもっともっと凄い料理を創る腕を持っておられるのだと思っている。
その上で普段使いの料理屋としての頃合いを見事に見切っておられる。
⎡この一皿はちょっとなぁ⎦と思ったことは十年ほどの間一度もない。
強い印象はないが時々に旬を感じさせほどよく腹を満たしてくれる。
日常のちょっとした贅沢をそれ以上でもそれ以下でもなく演出してくれる料理屋。
相性の良い一軒を見つけるとなるとなかなかに厄介だ。
ミシュラン・ガイド に日本版ってなものができて久しいが。
調査員が日本人だとしても仏製の物差しで日本の伝統食を計るなんてくだらないにも程がある。
そう思っていた。
しかし、現金なもので知合いの店屋が星を獲ったと聞くとそれなりに嬉しかったりする。
“ 一汁二菜 うえの ”は✩✩を獲得した。
おかげで郊外の地にもかかわらず外国人が訪れるらしい。
そして海外で日本料理店をプロデュースしてくれないかという依頼もあるらしい。
こんな話もこの大将なら朝飯前だろう。
料理の腕前が一流だというだけではない、人を育てる才にも恵まれておられる。
Musée du Dragon の御客様だった板前の三山口君。
今ではヒルトン・グループの最高峰 “ Conrad Bali ”の総料理長となった。
三山口君の同僚で時々店にも遊びに来てくれていた喜多川君。
このほど独立して自身の名を屋号とした料理屋を開いた。
“ 喜多川 ”は、浪速の腕利き料理人が軒を連ねる老松町に在る。
また大将の妹さんの御主人はカナダの方で変った経歴の持主だ。
カナダの名門大学を卒業し金融の世界に進んだが料理に興味を持ち仏蘭西料理の道を志す。
現地のスロー・フードを提唱する著名レストランで料理人としてのキャリアをスタートさせる。
来日後 “ 一汁二菜 うえの ” で日本料理を修行した後、ご夫婦で能勢の地に仏蘭西料理店を開店する。
当初は “ del cook ” 今はレストランを “ la ferme ” カフェを“ DC ARTISAN ” と分けて営業されている。
何度かお邪魔した。
ちょっと繊細過ぎて味が窮屈になっているような気もするけど。
地物を大切にいかした料理を棚田が残る能勢の風景を眺めながら味わえるというのは素晴らしい。
なにより大将の妹さんも美人だが御主人もかなりの男前でそっちの方でも有名だと聞いた。
このように “ 一汁二菜 うえの ” は、料理も創るが人も創るのである。
ところでこの日、大将とこれから先どうするかという話になった。
⎡田舎の一軒屋にビリヤード台置いて………………⎦とか。
⎡敷地に流れる小川で蛍を眺めながら………………⎦とか。
一応お互いにインフラは整いつつあるのだが大きな壁が立ちはだかっている。
嫁だ。
女将だ。
⎡やりたきゃ止めやしないけど⎦
⎡あんたひとりでやりな⎦
この台詞を吐かせたら全てが水の泡だからねぇ。

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