百五十四話 007最新作 “ 諦めの報酬 ”

おとこは、TOM FORD Boutique に向けて車を走らせる。
ショップ・スタッフに必要なものを記したリストを手渡す。
Suits を買って。
Dress Shirt を買って。
Tie を買って。
Beltを買って。
止めに Teardrop Sunglasses も買って。
一通り買い終えると次は OMEGA の直営店に向かう。
そして、アンティーク時計のコレクターとしての趣味には反すると思いながらも。
Seamaster 007 Limited Edition Model を買って。
途中、白金台にある Four Seasons に立寄る。
ドア・マンに車のキーを投げ渡し、Main Bar “ Le MARQUIS ” の扉を開ける。
キューバ産のプレミア葉巻 “ Bolivar Petit Coronas ” を燻らせながらおとこは想った。
⎡怖いぐらいに順調だし完璧だ⎦
⎡あとは散髪だけってかぁ?⎦
心地良い疲れを滲ませながらも家路につく。
家に帰って書斎の引出しからあるものを取出す。
“ Walther PPK ”
独の Carl Walther が産んだ名銃で James Bond が愛用している。
もちろん Fake Gun だが、精巧に創られていて詰められた銃口を覗かないかぎり真贋はわからない。
ここに至るまですでに大枚の銭が消えている。
スパイダーマンのコスプレとは訳も桁も違う。
おとこは満足だった。
満足だったが何かが足りない。
リビングのソファーに座りながらその何かを考えた。
そして、最も肝心で必要不可欠な何かを思いついた。
“ Bond Girl ” だ。
自分には Bond Girl がいない。
旧くは Daniela Bianchi , 浜美枝 新しくは Hall Berry , Olga Kurylenko なんだけど。
残念なことに旧いのも新しいのも誰もいない。
駄目だぁ〜、このままでは James Bond になれない。
そうやって嘆くおとこの前に救世主が現れた。
⎡どうしたのぉ?⎦
⎡俺には Bond Girl がいないから James Bond になれねぇよ⎦
⎡なんだぁ〜、そんなことで悩んでるのぉ?⎦
⎡大丈夫よ、わたしがちゃんとなってあげるから⎦
⎡えっ?⎦
⎡じゃぁ、さっそくだけど⎦
⎡全身美容整形の費用と衣装代とでとりあえず三千万円くらいかなぁ?⎦
⎡あっ、それとエステとかの維持費は別だからね⎦
救世主は長年連れ添った女房だった。
で、結局のところおとこは James Bond になることを諦めた。
これ僕の話じゃないですよ。
僕が敬愛する東京の先輩の話です。
そして誤解のないように言っておきますけど。
奥様は、良妻で賢母で Bond Girl とタイプは違えど美しさを備えた方です。
円満な家庭を舞台にご夫婦が演じられた一幕でした。
007 最新作 “ 諦めの報酬 ”
この作品は完結編で次回作はありません。
本家の方は、前作 “ 慰めの報酬 ” に続く “ SKYFALL ” が十二月一日劇場公開です。

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