百五十六話 ちょっとエグいかも

⎡明日の休みどっか紅葉でも観に行くぅ?⎦
⎡まぁ、別に良いけどぉ⎦
⎡まだ綺麗かなぁ?⎦
⎡さぁ〜⎦
紅葉特集を載せた雑誌をぺらぺらめくりながら嫁が耳寄りなことを言った。
⎡へぇ〜、内閣総理大臣賞を受賞した牛肉を食べさせる店があるんだって⎦
⎡えっ、今なんて言ったぁ? 何処に? 何があるってぇ?⎦
⎡丹波篠山の向こうの勅使っていうとこらしいよ⎦
⎡牧場直営のステーキ・ハウスなんだって⎦
⎡マジっすか?⎦
⎡俺、悪いけど明日朝早いからもう寝させていただきます⎦
中国自動車道から舞鶴若狭自動車道に乗継いで丹波篠山口ICを越えて春日ICで地道へと降りる。
集落を抜け峠を越えまた次の集落へ。
⎡この辺りなんだけどなぁ⎦
カーナビの限界を悟って店屋に電話する。
⎡あ〜、うちカーナビに映らないんですわぁ⎦
⎡はぁ?そんなとこ日本にあんのかぁ?⎦
それよりこの世のものとは思えない異様な雑音が会話の邪魔をして聞取れない。
諦めて町役場で尋ねることに した。
⎡すいませんけど、“ 安食の里 ” ってとこに行きたいんですけど⎦
高齢者相談窓口の女の子から課長さんまで役場の約半数の人が集まってきて口々に言う。
⎡あんた高見さんとこの人?⎦
⎡誰それ?⎦
⎡えっ、進ちゃん知らないのぉ?⎦
⎡だから知らねぇつうのぉ⎦
⎡もの尋ねといて何なんだけど、一人一人お願い出来ませんかねぇ⎦
ようやく聞出した道順をなぞって進む。
道は農道というより田んぼの畦だろう。
⎡ちょっと、あれじゃないの⎦
田畑の真中に “ 高見牧場 ” と看板を掲げた数棟の建屋が見える。
ここへ来てようやくこの世のものとは思えない雑音の正体が解った。
モォゥ〜。
そうです牛の鳴声です。
⎡これって牧場直営レストランって言うより、牧場そのものなんじゃないのぉ?⎦
ということは、Cows Voice を聴きながら Cows Face と顔付合わせながら Cows Steak を戴くってかぁ?
大体がレストランって、牛舎脇にある直売所の小屋じゃん。
生々しい趣向だ。
リアル過ぎる。
あまりにもシュールだ。
ありえないシュチュエーション の中で、嫁は言った。
⎡え〜、わたし此処ちょっと無理かも⎦
飼育係兼調理係のオニイちゃんが特別に奥から部位別に数種類の肉塊を持ってくる。
そして焼き加減を嫁に尋ねた。
⎡せっかくのサーロインなんだからミディアム・レアでね、肉汁が漏れないように気をつけるのよ⎦
牛肉のというより牛本体のプロフェッショナルにしっかり上から目線で伝えている。
⎡って、あんた無理とか言ってがっつり喰う気満々じゃん⎦
霜降りの度合いも良く、肉質はきめが細かく締まりも申分無い。
パイナップルの絞り粕、砂糖の精製工程で生じるさとうきび粕、とうもろこし由来のトレハロース。
これらを飼料に配合させるのが 数々の賞を受賞する高見牛の旨さの秘訣らしい。
勘定の際値段を訊いて驚いた。
僕のいい加減な舌で計ったとはいえ多分市価の五分の一以下は間違いないだろう。
とは言え、度を超えたリアルな環境 に耐えられないという方も多いと思う。
ご安心ください。
市島町役場の近くに “ グルメリア但馬 ” という牧場直営店があります。
少し値段は変ると思いますがそれでも安価だろうし、なにより殺生を頭に描かずに済みます。
こちらでは牛の鳴声も聴こえないし、牛とのご対面もありませんから。
喰いものごときで銭に糸目はつけないという方には、さらにお勧めの店屋があります。
食の宿として知られる “ Kobe Kitano Hotel ” でご賞味戴けます。
懐具合と神経の図太さの加減でお選び下さい。

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