百五十九話 情を縁で繫いでいく

Musée du Dragon を始めてから十六年ほど時が経つ。
その以前にも同じ場所で先代が服屋を商っていた。
通して勘定すると三十六年にもなる。
まぁ、老舗の饅頭屋だったら自慢にもなるだろうが。
ファッション屋の社歴なんぞが長いといったってうっとおしがられるだけである。
僕自身でさえとても誇る気になれないし気にしたこともない。
ただ、顧客様とのお付合いは自然と長くも深くもなっていく。
人生だから良い事も悪い事もある。
顧客様の顔も晴れやかな時も曇った時もある。
所詮、服を売って稼ぐ場に過ぎないと言われてしまえばそれまでだが。
幸せだと聞けば嬉しいし、辛いと聞けば案じる。
そうやって情を縁で繫いでいくのが街場の店屋なんだろうと僕は承知している。
だから Musée du Dragon はネット販売をやらない。
先日東京の顧客様から久しぶりにお電話をいただいた。
この方は大学生だった頃から、彼女とおふたりでよくお見えになっていた。
ふたりとも美男美女で仲が良かった。
卒業後、加茂川のほとりで式を挙げられ、一男一女に恵まれて今では四人で暮されている。
御結婚の際に指輪を Musée du Dragon で創らせていただいた。
電話は御主人からだった。
今月に結婚十周年を迎えるので何か記念になる品を注文したい。
値段もアイテムもすべて任せる。
そうまで言われて出来合いの品を届ける馬鹿はいない。
それに御注文を戴けたことはもちろん有難かったけど、
おふたりがこの日を仲良く迎えられたことがよほどに嬉しかった。
与えられた製作期間はあまりないけど 特別な仕様で Bracelet お創りさせていただこうと決めた。
仕掛けを考えて図面を引き彫金師の辻一巧君に伝える。
⎡こっ、これを材料段階から十日間で仕上げろって言うんですかぁ?⎦
⎡俺は、ここ一番って時に四の五の言う奴とは組まねぇ⎦
⎡出来るかどうかを相談してんじゃねぇんだよ⎦
⎡意気込みは解るんですけど創んのは俺なんだけどなぁ⎦
二メートル近い巨漢で強面の男だが腕は確かで人の気持ちがちゃんと通じる良い職人だ。
この Bracelet には最も古典的な暗号である Tally(割符)が仕込まれている。
なので一本では全く意味を成さない。
ある法則に従って二本を合わせると始めてラテン語で記されたメッセージが現れる。
中世期に伝わる Encryption(暗号)Bracelet を再現した。
その秘密は、持主のおふたりと創り手だけが知っている。
創る側の人間が過程の苦労話を語るのはみっともないので止めておくが。
職人も僕も今出来る精一杯の仕事をさせていただいたと思っている。
こういう機会を与えて下さった顧客様に心より感謝申し上げたい。
末永く元気で仲良く良い人生を送られますように。

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