三百五十六話 事件です!ANSNAMです!中野靖です!

二月三日節分の日。
豆撒きでもしようかという時、嫁の LINE から着信音が。
「あら?早速鬼が不幸を背負ってやって来たんじゃないの?」
「豆投げつけて追っ払ってやろうか?」
「えっ?誰?」
「世にも恐ろしい靖君からのお便りよ」
ANSNAM の中野靖だ。
「なんて言ってんの?」
「怖くてとても口に出来ないわ、ほら見てみて」
都合の悪い事態が発生すると、決まって嫁の携帯に LINE で連絡をしてくる。
そういう奴だ。
LINE には。
“ アクシデントです!ご依頼の スプリング・コート 本日発送出来なくなりました!”
八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られたが、ここは大人の対応で事情を訊いてみようと電話した。
「アクシデントって、如何されたんでしょうか?」
「………………………………。」
「ねぇ、靖君どうして黙ってんのかなぁ?ちゃんと説明してごらん」
「え〜と、実はコートが表地じゃなくて裏地で縫われちゃっていましてぇ」
「はぁ?なに言ってんのかわかんねえよ!寝言は寝てから言えよ!」
「いや、僕にもなにがなんだか……………………………。」
なにをどうすれば、こういうことになるのか?
そうした事の経緯は、あまりも稚拙で馬鹿馬鹿しくてとてもじゃないが言えない。
ただ確かな事は、眼の前に全面が裏地で仕立て上がったコートがあるという事実だ。
僕も、三十五年この稼業に就いているが見た事も聞いた事もない始末である。
ただ、表地となるはずだった馬布が無事だったのが不幸中の幸いだ。
馬布は、極めて密度の高い綿織物で、しくじれば容易に縫い直すことができない。
とにかく再縫製の段取りを組んで、二月二◯日には納品して貰えるように手配する。
騒動の一部始終を側で聞いていた嫁が靖君に LINE をした。
“ちょっと小耳に挟んだんだけど、君、裏地でコート縫ったんだって?”
“相変わらず笑かしてくれるじゃん”
“そういうのって、わたし見た事ないんだけど、一度見せてよ”
靖君から返事が返ってきた。
「ねぇ、見て、コイツこんなこと言ってるよ」
「爪の先ほどの反省も後悔もないみたいよ、どうしてやろうか?」
“いや〜、それがですねぇ〜、意外と良い出来なんですよ”

これは、もう犯罪の域で、事件です。

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