百六十八話 世の中に無いモノ

勘の鋭い人がいる。
この人は、時折電話をかけてこられて出来の悪い僕の調子を測る。
僕も一応大人の端くれだから繕おうとするのだが通じない。
勘の鋭い人とはそうしたもので、声だけで相手の好不調を見抜く。
長い付合いになると繕うのも無駄だとわかってくるので素で応じるようになる。
そして、調子が悪いと察すると何か元気づけるようなモノを届けてくださる。
後藤惠一郎さんという人は、勘も鋭く強面だがそれだけではない。
とても行届いたやさしさを纏った人なのだ。
届くのは、たいていが世の中に無い不思議なモノで、それでいて僕の屈折した嗜好に沿っている。
先日もあるモノが届いた。
タンニン鞣しのヌメ革で創られた野外スケッチ用の画材ケース。
こんなモノは、どこにも売ってはいない。
欲しいとは思っても、無いと承知しているので探した事もなかった。
それが思いもかけない人から届いて、今ここにある。
マジで嬉しい。
オトコの多くは無駄に道具に凝ると言われている。
僕も例外ではない。
無駄かどうかは別にして、仕事でも趣味でも描く道具にはこだわる。
誰も興味はないだろうけど少し披露させていただく。
色鉛筆は、英 Derwent社のものと独 Faber -Castell社のものを硬度と色によって使い分ける。
鉛筆は、三菱精密製図用のもので市販品ではなくレトロな缶にダースごとに収められている。
強い筆圧に見合う鉛筆となるとどうしてもこれしかない。
柔らかい芯が必要な際にはホルダーを使う。
仏の Conté a Paris社製でアルミ材の軸に刻みを施しただけのこのうえなく無骨な代物である。
鉛筆削りは、独 Mobius-Ruppert社の真鍮円筒型を愛用している。
以前は、DUX社の三段階に先端を調整出来るタイプを使っていた。
しかし、好みの細さが一手だと気付き買い替えてから二十年ほど経つ。
紙は、英 Waterford社の特厚リップル紙。
表面の耐性がすこぶる強くグギグギ描いても問題無い。
野外には葉書大に注文裁断したものを束にして携帯する。
ど〜でも良い話だろうが、⎡このこだわりの延長線上に値する容れものは?⎦と想像して貰いたい。
想像して貰いたいが、どうしても想像出来ない種族もいる。
オンナだ。
ある時、自室で描こうと机に向かった。
綺麗に片付けられていて紙箱がひとつ置かれている。
紙箱の表書きには、“ 三河名産海老煎餅 ”とある。
⎡ねぇ、俺の道具どっかにやったぁ?⎦ 嫁に聞く。
⎡ 今朝、容れものがどうとかって言ってたでしょ⎦
⎡ちょーど良いのがあったから入れといてあげたよ⎦
⎡って、これ海老煎餅の箱じゃん⎦
⎡そうだよ、これ意外と美味しいけど食べる?⎦
⎡いや、そういう事じゃないだろう⎦
駄目だ。
永久にこの手の話でわかり合える日は訪れないと悟った。
愛用の道具を、それなりにちゃんとした居場所に収めたいと思うのはオトコだけの性だろうか?
そういった想いで、この革ケースを眺めると恐ろしく良く工夫されている。
内部は、中央にファスナー付きの仕切りがあって三室に分かれている。
ポートフォリオ仕様では一八〇度に開脚するが、この革ケースは違う。
蛇腹状の革を仕込む事で三十度程度で止まるようになっており内容物がずれ落ちる事はない。
創意や工夫は他にも様々窺えるが、とにかく先述の道具が見事に収まる。
ある程度の立体物でも許容するだろう。
戴いたモノに欲を被せるようで甚だ恐縮ではあるが、これは他の用途にも充分使えるかもしれない。
もう少し考えて商品化してみても良いんじゃないかなぁ。
確かにマニアックなモノではあるけれど。
世の中に無いモノが欲しいという酔狂な矛盾を抱えた人が、何処かにいるかも。

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