百九十一話 END の世界観

狭い業界の中だけでの話だけど。
どうもまだ俺の事をよくわかっていない奴がいる。
俺は、見かけが可愛いだけのお茶目な男ではない。
中身は執念深く、とにかくしつこい性格をした男なのである。
よく言われる台詞がある。
⎡とにかく言われたとおりやるから帰って、そして二度と来ないで!⎦
断る労力を考えればやった方がましだという事らしい。
周りにこの評判がちゃんと浸透しているものだと思っていた。
それが、どうやらそうでもないらしい。
先日、Authentic Shoe & Co. のアトリエで異彩を放つブレスレットが目に入った。
このところ、銀材価格の高騰だかなんだか知らないが、チンケな代物ばかりが目につく。
あんまり頭にきたので、全てのブランドの取引を止めて自前で創ることにしていた。
そんな中、思い切った量感で簡潔な意匠を備えたこの作品は凄いと思った。
圧倒的に大ぶりだがバランス感も絶妙に仕上げられている。
この秋冬に、あるテーマで考えているスタイルがある。
他のアイテムは揃っているのだが、装飾品だけが空白のままだった。
また自前かと覚悟していたのだが、これで全てのピースが整って嵌る。
ブランドは “ END ” で、Authentic Shoe & Co. が製作以外の諸事を仕切っている。
番頭の岩渕君がやってきた。
予め断っておくが、岩渕君とは長い付合いで優秀な男であると承知している。
Authentic Shoe & Co. が今の地位にいるのは、彼の働きによるところが少なくないとも思う。
実際、いままで数々の無理難題を聞入れてくれて感謝もしている。
⎡ 良いよ!これ良いよ!凄く良い!⎦
⎡ありがとうございます⎦
⎡で、これサイズはどうなってんのぉ?⎦
⎡ワン・サイズでの展開です⎦
⎡じゃぁ、腕周りの細い人はどうなんのぉ?⎦
⎡………………………………………。⎦
⎡どうなるんだって訊いてんだよ!⎦
⎡蔭山さん、よ〜く聞いてくださいよ⎦
⎡言われなくたって聞いてるよ⎦
⎡これすご〜く銀を使っていて高いんですよ⎦
⎡見りゃぁ解るよ、そんな事は! だから何なんだよ?⎦
⎡で、型も特別ですご〜く高いんですよ⎦
⎡だからどうしたって言うんだよ?⎦
⎡だから、だからって、解んないかなぁ⎦
⎡サイズ別に型なんか創ってたら、経費倒れになっちゃうじゃないですかぁ⎦
⎡いいじゃん、べつにどってことないよ⎦
⎡蔭山さんは良くても、うちはどってことあるんですよ!⎦
⎡駄目! 今回は絶対に駄目! 無理なんですよ!⎦
⎡解ってもらえましたか?大丈夫ですね?もう無茶言わないですよね?⎦
⎡うん、解った、大丈夫、もう言わない⎦
すいません、まったくの嘘です。
“ END ” のデザイナーは上田勝君で、不思議な雰囲気を纏ったもの静かな職人である。
アトリエは、都電荒川線の終点 “ 三ノ輪橋駅 ” 近くの職人街に構えている。
岩渕君が、出来ないと言っているというを話した。
⎡頭が悪いせいか、さっぱり訳が解んないだよね、出来ないって理由が、サイズ調整くらい簡単じゃん⎦
⎡う〜ん、いやぁ〜、そう簡単な話でもないんですよ⎦
⎡へぇ〜、簡単じゃないんだぁ、って事は難しいけど出来るっていうことだよね?⎦
結局、あれやこれや手法や手順について説明を受ける。
半分以上解ってないんだけど、なんとかなりそうだという事だけは解った。
話の中で、表面に施されている粒状の凹みが、キャストによるものではないと聞く。
“ Mil Grain ” という十九世紀末 Edwardian 時代に多用された宝飾技術を用いたんだそうである。
“ Mil Grain ” とは、鏨で金属に繊細な刻みを打付ける技術らしい。
意匠への大胆な考察とヒストリカルで繊細な技術の追求が、 “ END ” の世界観を産むのだと思う。
優れた職人は、難題を投げかけると必ず何かを投げ返してくる。
職人の性というか習性というか、とにかくそいうものが先天的に備わっている。
それを梃にして、しつこく粘れば必ず良いものが出来る。
まぁ、僕の拙い経験から学んだ信条みたいなもんだけど。
繰返しになりますが、この “ END ” の逸品一見の価値ありですよ。

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