三百四十九話 無駄が無駄を呼ぶ

かつて、よく上席や先輩から言われたことがある。
「無駄なことをするな!開発は、最短距離を行け!」
合理性を追求する企業では、至極当たり前のことで間違ってはいない。
間違ってはいないのだが、どうしてもこの考えにだけは馴染めなかった。
今でも、馴染めないでいる。
逆に、重ねた無駄の量と完成度は比例するのだと信じているくらいである。

昨年の暮れに、Musee du Dragon の革編み鞄を気に入られた顧客様がおられた。
昔から御贔屓にして戴いている方で、たいそう大柄でいらっしゃる。
「う〜ん、どうしようかなぁ」
迷われるのも無理はない。
なんせうちに置いてあるものの中で一番値も張る。
「いや値段はしょうがないから良いんだけど、ちょっと肩に掛けた時きゅうくつなんだよねぇ」
「じゃぁ、ハンドル長くしてお創りさせて戴きましょうか?」
「えっ? そんな事やってくれるの?」
「なんだってやりますよ、仕事ですから」
「じゃぁ、お願いします」
となったものの、問題は果たして長くしただけで済むかどうかである。
後藤惠一郎さんに相談する。
返答は、そりゃぁ、やってみなければわかりませんねぇ。
“ やってみなければわからない ”
僕は、プロ中のプロが口にするこの言葉が好きだ。
“ やらなくてもわかる ”
頼り甲斐のある言葉に聞こえるが、実際ほんとうにそうなのかと疑いたくなる。
どんなに熟練していても、宙で考えた事と現物とでは隔たりがあるものだろう。
ものを創るという仕事は、甘くはない。
些細な匙加減を誤っただけで、全てが台無しになるなんてことは日常的にある。
そういった過ちをせずに済む術は、ただひとつ。
実際に創ってみることでしかない。
当然、無駄に終わることの方が多いが、それでも創る。
もの創りの怖さを知っている人間ほどそうするように思う。
年が明けて後藤さんから初荷で届いたのが、 これ。
長さに比例して、径を太く仕上げた手縫いのハンドルである。
芯材をほんの僅かに太らせるだけで、印象も手持ち感もまるで異なったものになる。
試みてはみたものの、やはりこの鞄本体に繋ぐには太過ぎるだろう。
結果、芯材はそのままに、長さを伸ばすことにした。
まぁ、無駄な試作だったと言われれば、そのとおりだ。
しかし、このハンドル、妙に存在感があって、荷重を分散させる工夫も見事にされている。
麻製の帆布で袋を創り、それに接続させるというのはどうだろうか?
こうやって、際限無く無駄が無駄を呼ぶ。
そして、膨大な無駄の中から、思いもよらぬ名品が産まれる。

だから、“ やらなくてもわかる ” と言う奴は、一生他人の真似事を続けていくしかない。

 

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