三百二十一話 こんなもんで、誤摩化されないぞぉ! 前編

“ foot the coacher ” 二〇一五年春夏の新作を見に来いと言うので、土砂降りの雨のなか原宿に行く。
雨というだけでも、機嫌が悪いのに。
目の前に置かれた新作は、嫌いなものばかり。
スニーカーとか、VIBRAM 社の #9107 sole が装着されたデカ底の玩具みたいな靴とか。
もう機嫌の悪さは、MAX に。
ただ、誤解のないようにだけ言っとくけど。
あくまでも Musée du Dragon の偏った主観であって、世間的にそうだというわけじゃない。
むしろ、逆かもしれない。
番頭の岩渕君が、応対にやって来る。
「なぁ、マジで俺に喧嘩売ってんのかよ? なんだよ、これ?」
「ちょ、ちょっと、蔭山さん落着きましょ、ねっ、そうしましょう」
「そうすれば、段々良く見えてきますから、ねっ、そういうもんなんですよ、靴は」
「誰に向かって講釈こいてんだよ? 安もんの占師みたいなこと言ってんじゃねぇぞ!」
「あのね、よ〜く落着いて聞いてくださいよ、今、こういう靴が新鮮で、評判良いんですよ」
「ほう〜、正面きって面白い事言うじゃねえか」
「要は、俺が世間からズレてて、目端の利かないオッサンだって、そう言いたいわけかぁ?」
「あぁ〜、もう駄目だぁ」
「なにが駄目なんだぁ!聞こえてんぞぉ!小声で呟いたって、まだ耳はいかれてねぇからな!」
「そうだぁ、蔭山さん、別の部屋へ行きましょ、ねっ、そうすれば、機嫌だって良くなりますから」
「外で煙草でも吸ってくるわぁ、その方が落着く」
「でも、外、雨ですよ、濡れちゃいますよ
「小姑みたいに、いちいちうるせぇんだよ! 知ってるよ! 一緒に来いよ」
煙草を嗜まない岩渕君を伴って、濡れながら煙草を燻らせていると少し気分がマシになり別部屋へ。
「さぁ〜てと、寛いでくださいよ、いろいろとお見せしますから、竹ヶ原もすぐ降りて来ますんで」
「なんだよ、居るのかよ」
棚のあちこちに気になるモノが目に入ったが、この男の別部屋作戦には必ず裏がある。
自分から興味を示しては、つけ上がらせるだけだ、ここは我慢するのが得策だろう。
竹ヶ原敏之介君が、入ってきて。
「あっ、久しぶりです 」
「僕、蔭山さんに元気になってもらおうと思って、何年も前から考えてたものがあるんです」
「間に合って良かった 」
「なんだぁ? どういう意味だよ? 」
「これですよ」
全く継目のない木製の棒で妙に重い。
「なに?これ?」
「一キロのダンベルです、机に置いておいて、考えごとしながらこうやって動かして」
「運動不足でしょ?蔭山さんも」
「いや、まぁ、そうだけど、急にダンベルって言われても」
「それより、この樫棒にどうやって鉄製の重しを仕込んだのかっていう構造の方が不思議だよね 」
「それは、言えませんけど、面白くないですか?」
「うっ、うん、ちょっと面白いかもな」
「じゃぁ、これは、どうですか? 」
今度は、ピッカピッカにポリッシュされた銀色の水筒を出してきた。
「なに?これ? 」
「旧ナチス陸軍の水筒です」
「 マジでかぁ? でも、ピッカピッカじゃん」
「最近ポリッシュの機械買って、なんでもかんでも磨くのが楽しくて仕方ないんです」
「見立ての良い医者紹介しようかぁ?大阪だけど 」
「靴磨かないで、金物磨いてどうすんの?」
「それにしても、骨董みたく古い軍用水筒が、磨くだけでこんなになるんだぁ」
「どうです? 面白くないですか? 」
「えっ、いや、まぁ、かなり面白い領域に入りつつあるような気はするけど 」
「で、この要領で商品化したのが、これです」

 

米国 Swell 社と共作した魔法瓶で、ステンレス・ボトルを鏡面ポリッシュ仕上してある。
容量は、五〇〇 ml と二六〇 ml の二種類を展開するらしい。
「どうです?」
「そっ、そうだね、このストイックな風情は、ちょっと良いかもなぁ」
「今日は、雨ですよねぇ」
「えっ? まぁ、改めて言うまでもなく完全に雨だよねぇ」
「こういう日に、うってつけの装備も創ってみたんだけど、見られますぅ?」
「なぁ、ちょっと、俺、今日靴を見に来たんだけど、話がどんどん遠ざかっていってない?」
「まぁまぁ、久しぶりなんだし、後でとっておきの靴も御見せしますから」

順番逆じゃねえの? 三百二十二話に続きます。

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