三百十三話 ただの革籠なんだけど

これから先、Musée du Dragon の名を掲げる製品には、一切の妥協もしないし打算もない。
売行きもどうだって良い。
ただ創りたいものを創る。
良くも悪くも、これが Musée du Dragon という店屋の視点であり、積上げてきた力量である。
ただ、お付合い戴く方々には、迷惑千万このうえないと承知しております。
知合ったのが我身の不運と諦めていただく他ない。
さて、この鞄は、後藤惠一郎さんが、先行して創られた鞄を基にして考えられた。
さらにその鞄は、伊 Vicenza に工房を構えるメゾンが創った鞄を手本としている。
では、何故に今この鞄なのか?
商売柄、欧州老舗メゾンの存在は、常に頭の片隅の何処かにある。
品質、意匠、価格、訴求力など、全ての要素で一流の上に超がつく。
正直、その実力には、敬意を表するし憧れもする。
だが、好きか嫌いかと問われれば、はっきり言って嫌いです。
あの欧州独特の階級志向がモノに透けて見えて、拭い切れない嫌悪感を抱いてしまう。
私どもの商品を手にしたければ、頑張って此処まで登っておいでみたいな。
で、やっとの想いで登ってきて、手にした相手に向かってこんな風に言ったりする。
「昨日今日の人には、やっぱり似合わないね」
じゃぁ、どうしろって言うんだぁ!
この稼業に就いて、欧州で仕事をした日本人の多くが、こんな想いをしたと思う。
先の問いに答させてもらう。
日本の場末に在る服屋でも、その程度の仕事だったら、あんたら以上にこなしてやるよ!
一度でいいから、そう言ってみたかった。
偉そうな事言って、創ったのは後藤さんなんだけど。
鞣し・圧着・裁断・手編み・縫いなど、全工程を日本の職人がその手でこなす。
中には、これを最後に職人としてのキャリアを終えられる方もおられる。
Musée du Dragon でも、何度もお世話になった方だ。
此処に、日本の Leather Builder の肖像が映されている。
そんな鞄だと思う。
製作を進める上で、ひとつだけ後藤恵一郎さんにお願いした事があった。
「たかが革で編んだ籠だろうって、そう言われる野趣な風情が欲しい」
これだけを伝えて、落とし所を理解して貰えるひとは他にはいない。
コンマ一ミリの厚みの調整に始まり、
爪の先ほどのハンドル調整など、あらゆる微細な思考と技が見えない部分に試みられている。
さらに、万にひとつの修理についても熟考されてある。
それらを充分承知した上で、敢えて申上げたい。

これは、革で編んだただの籠です。

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