二百二十一話 あの頃の巴里

おぉ〜、絶景ですなぁ〜。
巴里の Cathédrale Notre-Dame 辺りからの展望ですかねぇ?
撮影者は、SLOWGUN の小林学さん。
あのニコンの重たい機材を引っさげて展望階まで登るのは、さぞ大変だったろうと思う。
加えて、街中で買ったシャワー・ヘッドもぶら下げていたらしい。
まぁ、これだけの写真が撮れたんだから、その甲斐もあったという訳だろうけど。
小林さんは、巴里に在住していた時期がある。
僕は、住んではいないが、出張期間を通算すると二年間以上巴里の空気を吸っていたことになる。
お互いに、一九八〇年代の半ば頃の巴里を彷徨っていた。
Place de Victoires では、Guy Azoulay が CHEVIGNON の店を構えていて。
ちっとも文化的でない 総合文化施設 Ponmpidou Centre がまだ新しさを保っていて。
その Les Halles は、巴里中央卸売市場として賑わっていて。
豚売場の前では、Au Pied de Cochon という屋号の古い食堂を肥満の亭主が営んでいて。
洗面器みたいな鉢に玉葱スープを注ぎ、どっぷりチーズをかけて無理矢理客に喰わせていた。
Chevignonも、Ponmpidou Centreも、Au Pied de Cochonも、今でも在るには在るのだが。
それぞれにその形態も変わり、そこに居た人ももういなくて、時代の面影は欠片もない。
何が良かったのかと訊かれると言葉に詰まるが、今想えばなんとなく良かった。
そんななんとなく良かった感が、小林さんの創る SLOWGUN には漂う。
かつて、B.C.B.G. てなファッション用語で、仏流普段着を語った時代がある。
Bon Chic Bon Genre の略で、巴里の上流階級的で、落着いた上品な格好という意味なんだろう。
仏版 Preppy Style みたいなもんだと記憶しているが。
巴里は、Londonや、New Yorkや、Milanoや、Tokyoと違ってこれはという解り易いスタイルはない。
流行との距離のとりかたを心得ていて、時々に少しだけ流行を取込み自分なりの嗜好で楽しむ。
なので、ひとつのブランドやスタイルが街中で目立つという現象は起きない。
ヴィンテージ・アイテムと最新のモード・アイテムを絶妙に組合わせる強者も多い。
そういった視点で、この SLOWGUN の新作シャツを眺めてみると。
小さな襟には、一九六〇年代のヴィンテージ・スカーフが用いられている。
“ Serge Shirts ” と名付けられている。
“ Serge ” とは?
巴里のカリスマで、亡き今もファッション・アイコンとして君臨する Serge Gainsbourg だろうか?
両脇にポケットが仕込まれた仕様は、Gainsbourg 愛用のシャツだったのかもしれない。
取立てて個性的という訳ではなく、ことさらに強い印象を与える服でもない。
旧いようでいて、新しいようでもある、
どこか洒落ていて、普通の品性が備わっていて、片意地の張らない独特の服創り。
湘南に生まれ育ち、あの頃の巴里に学んだ、小林学さん。
そういうのって影響するんだろうなぁ、ものを創るっていう仕事には。
SLOWGUNとも、小林学さんとも、想えば長い付合いである。

今になってまた、妙に気になるんだよねぇ、この感覚が。

 

 

 

 

 

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