月別アーカイブ: June 2026

七百三話 湖畔に佇むちいさな本屋

鳥取県湯梨浜町、山陰八景に数えられる東郷池。 池とあるが、実際には淡水と海水が混じる汽水湖なのだそうだ。 その畔に、まるで映画のセットみたいなちいさな書店が一軒佇んでいる。 書店名は “ 汽水空港 ” と看板にあって、おそらく汽水湖に由来しているのだと思う。 山陰八景にしては、観光客がいない。 というか、この辺りを幾度か通りすがったけれど、ひとと擦れ違ったことすらない。 なんでこんな時代に、こんな場所で、こんな商いを営んでいるんだろうか? 間口は二間ほど、引戸を開けて鰻の寝床のような小屋建の店内に足を踏み入れる。 古書専門店ほどではないものの、古紙とインクが混ざったようなあの匂いが漂う。 が、それも嫌な匂いではない。 湖面で折り返した柔らかな陽が硝子窓から差込む。 暗すぎず、明るすぎず、読むに丁度良い照度で整っている。 店奥の帳場が店主の居場所となっていて、その日もそこにいた。 髭面、白髪、丸眼鏡の痩せた老人だと期待したのだが。 ちょっと違って、割と小洒落た物腰の柔らかそうな若いおとこが店主らしい。 帳場の脇には、二〜三人ほどの台と厨房があって、ちょっとした Café 的な設えになっている。 書店全体に、店主の Self Build による居心地の良い空気が漂う。 肝心の書架を巡っていく。 思想・農業・児童・旅・食・地域などに分類され、それぞれに個性的な本が並ぶ。 分類されたなかに建築分野の書架があった。 幅は二メートルほどで、棚そのものが店と同じような小屋建で造られている。 片流れの屋根が架けられ、板が葺かれた上に煙突まで設置するという念の入れよう。 くだらないがなんとも洒落た造作だ。 この書架に一冊の本を見つけた。 Dacha は、建築であり文化でもあるのだが、この言葉を他言語に置き換えることは難しい。 乱暴な表現になってしまうが。 帝政 Russia 時代に始まりSoviet 連邦時代を生き抜いた菜園を伴った庶民の別荘文化。 かつて本宅とは別に庶民が所有した小屋というかコテージのような代物について書き記した本だ。 … 続きを読む

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七百二話 岩牡蠣

季節が代わる度、暖簾をくぐる鳥取の割烹 “ みた ” で。 ひと通り食べ終わって水菓子にさしかかった頃。 視界の片隅、敷かれた氷の上に石ころみたいなものをのせた皿が通り過ぎた。 右隣に座っていたひとり客に供された一皿。 その若い男性客には、亭主が注文を受けずに見繕った一品と酒が振る舞われる。 どうみても常連客だろう。 石ころの正体は巨大な殻付きの夏牡蠣で、脇の硝子酒器には地酒が冷やで注がれる。 そして、客は、三等分に切り分けられた身を啜りながら冷酒をひと口煽った。 若い時分からそんな贅沢してると俺みたいに碌なもんにならんぞぉ!と思いながら訊く。 「ねぇ、それって美味しいですか?」 「えっ、はぁ?美味しいです」 我慢は身体に悪いので注文することに。 「僕にもその牡蠣いただいて良いですか?」 「はい、水菓子の後になっちゃいますけど、それで良ければ」 梅の蜜煮と鳥取名産 “ 大栄西瓜 ” を食いながら待つ。 拳より大きな牡蠣を見事な手捌きで開いて身を剥がす。 包丁を入れた後、身を再び殻に戻し氷の上に盛って付け台越しに手渡される。 なんらの味付けも施さない素の生牡蠣だ。 下殻が平らで全体的に外観が平べったい。 檸檬汁を落として口に入れると、とにかく想像を遥かに超える濃厚さと旨味に驚く。 それでいて、拗さがなくさっぱりとした風味が後に残る。 「なんなんこれ?糞旨いわぁ!」 皿に添えられた鳥取賀露漁協の銘札には “ 夏輝 ” とある。 この冠が許されるのは、獲られれた天然岩牡蠣の一割にも満たないらしい。 そもそも天然岩牡蠣そのものが、日本海沿岸数カ所でしか獲れない希少水産物だ。 滅多と口に入るものではない。 産卵前の身が大きく育つ七月と八月が旬で、今はその出かかりだという。 春夏秋冬、こういう出逢いがあるから鳥取通いがやめられない。 … 続きを読む

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七百一話 サボテンの花

こういうのを期待して育てていた訳でもなんでもない。 朝起きて庭に出ると唐突に咲いていた。 団扇サボテンの花。 よく観ると他にいくつもの花芽をつけている。 へぇ〜、サボテンってこんな花咲かすんだぁ。 庭の片隅に地植えして、ほったらかしにしていたのに。 こんなことなら、もうちょっと目立つ場所でちゃんと面倒みてやっても良かったかもしれない。 曇天に覆われた梅雨時、雨上がりの朝に良いものを見せてくれた。 そういや、昔 “ サボテンの花 ” とかいう曲が、ドラマや CM で使われて流行ってたような。 誰のどんな曲か?全く思い出せないけれど。  

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七百話 Little Gem

Florist から隣の庭に咲く花を貰う。 これって、泰山木? 泰山木は、下手をすると二〇メートル以上にもなる大木だが、これはそこまでにはならないらしい。 同じ木蓮科の矮性品種で、高さは三メートルほどにとどまる Little Gem と呼ばれる植物。 白磁器のような白く大きな花も綺麗だが、何より葉姿が良い。 葉の表は艶やかな深い緑色で、裏は Velvet 状の Bronze 色をしている。 花期も長く、初夏から秋口まで散発的に咲く。 その名の通りちいさな宝石だ。 庭を創るひとは、他人の家に咲く植物を羨んで欲しがると聞くけれど。 これは欲しい!  

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